『嫉妬』の入団面接 ~水無月九嵐~
終着点がよく分からない会話にとりあえず終止符を打ち、お茶でも飲もうかとペットボトルを取り出したその時、軽いノック音がドアを叩いた。
嘘真朧とミルは揃い揃って分かり易く肩をこわばらせる。これではどちらが入団希望者か解らない。嘘真朧はそんな情けない姿を見せまいと、ドアの向こうにも通る声で返事を返す。
「ど、どうぞ、入ってきてください」
大きな声を出す事には慣れていない。というか敬語にも。慣れない言葉を発するのに戸惑い、言葉が詰まってしまう。心なしか声も上ずっていた。相手に緊張していることが気づかれていないといいが。
(だ、だんちょー!今声裏返ってませんでしたー!?そんなんで大丈夫ですかー!?)
(うるさいっ!ほらっ!入ってきたらちゃんとしてよねっ!)
扉が開かれる。静寂に落とされるその静かな音に、二人はごくりと唾を飲みこんだ。
「本日はよろしくお願いいたします。水無月九嵐と申します」
きりっとした佇まい。背筋は真っ直ぐで、どの角度から見ても模範的な就職活動を行う学生のように視える。それに嘘真朧の顔にタトゥーの入った容姿を目の当たりにしても動じることはなかった。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ミルが嘘真朧の隣でこっそり肘をつつきながら、小声で囁く。
(だんちょー、見てくださいよ!全然ビビってないじゃないですか!むしろ、こっちの方が緊張してるってバレバレですよ!)
(分かってるよ。だから余計に恥ずかしいんだけど……)
(団長は本当肝心なところで中途半端ですよね。これだから友だちいないんですよ、もう!)
(……ちょっ)
失礼過ぎる物言いに思わず返してしまいそうになるが、相手の視線を感じ、嘘真朧は慌てて姿勢を正す。水無月九嵐という名の入団希望者は、こちらのやり取りを見ているはずだが、表情を微動だにさせない。
そんな態度が逆に圧迫感を、そして不信感を感じさせるのだ。この面接会場はレギオンが用意したもの。ならば、もしかしてどこかに隠しカメラが設置されていて、ぼくらが試されているんじゃないかと。
「では、えーと。まずは軽い自己紹介からお願いしてもいいですか?どんな理由で『嫉妬』への入団を希望されたのかもお聞きしたいです」
この場はともかく、無様だろうとハリボテだろうと“面接官”を演じ続けなくてはいけない。手元にある資料、もといカンニングペーパーを頼りに、なんとか落ち着いた声で嘘真朧はそう言い終えると、一拍置いた後、九嵐は一礼し話し始めた。
「私は、元々別のレギオンに所属していました。しかし、そこでは能力を十分に活かせているとはいえず、組織としての方向性、私の個としての在り方についても疑問を抱いていました。その点、『嫉妬』の活動方針は非常に合理的で、私自身の能力を最大限発揮できると感じています。そのため、ぜひ入団させていただきたいと思い、本日はこちらに参りました」
淀みのない言葉に嘘真朧は感心しつつも、少し違和感を覚える。まるで事前に台本を用意していたかのような完璧な答えだ。もちろん、これが面接として適切な言葉選びなのかとか、なにを重視してのことだとか、難しいことは分からないが、ロボットのような機械的な硬さを感じるのだ。
「なんか、すごい優等生って感じですね。でも、なんか堅すぎる気がするような……」
「すみません。至らぬところは多々あるとは思いますが、ご指摘いただけて恐縮です」
「え、へ?ああ、はい!そうですね!はい!以後気を付けてくださいっ!はい!」
どうやら心の声が漏れてしまったことに気がついたミルちゃんは、意味不明の日本語で慌てて取り繕う。ああ、始まったばかりなのに頭が痛くなってきた。
(バカっ、ミルちゃん!心の声が漏れてるって)
(す、すみませんー。だって硬すぎるんですもんー。アタシちゃん、あの人苦手ー)
(面接っていうのはそういうものなのよ)
二人は肘で小突きあいながら小さな声でやり取りをするが、無音の室内ではそれも漏れ聴こえるというもの。しかし、九嵐は表情を一切崩さず、そのやり取りを静観していた。
(ぼくもミルちゃんといると麻痺してくるけれど、本来こういうモノなんだよね。ミルちゃんは自由というか自分勝手というか)
(えー、アタシ基準で話しちゃうんですか?ひどーい)
手元ではそんなやり取りを続けながら、嘘真朧は九嵐の足先から顔のてっぺんまで、流れるように視線を移し観察する。人を見る目はある方ではないが、仕事柄人間観察はずっとやってきた。
対面し目で得られる情報など些細なものでしかないものの、瞳の動き、手の角度、足先、呼吸の拍。それらから分析できる要素が無いというわけではない。
これは持論なのだが、洞察力とは単に“視る力”ではない。視ることで相手の本質に訴えかける力でもあるのだ。
アイコンタクトとも呼ばれる瞳を通しての情報伝達。冷静沈着で堂々とした態度だが、その瞳にはわずかに緊張の色が視える。きっと、完璧に見せるために必死に努力しているのだろう。
けれど、それが普通。それが正常。何もおかしなことではない。だから、それを確認していくらかはこちらの緊張感もほぐれた。
こうなればこっちものだ。後はじっくりと、堂々と構えていればいい。ドラマで観る面接官ってのはいつも威張っていた気がするし、たぶんこういうものなんだろう。気負う必要なんか何もない。




