キミが可愛過ぎるせいだから
あれから一週間ほど時間が経過していた。その間、嘘真朧がやったことといえば情報収集の傍ら、サボりでのオンラインゲームでの人間観察。
レギオンとはいえ『嫉妬』は裏方家業が本業。活動の主が、今彼女がやっているような情報収集がほとんどを占めている。しかも、有能でもある彼女は複数の端末を手足のように使い、早々にサボりを決め込んでいた。
今日はミルはいない。それどころか他の団員もいない。サボっていても何も誰にも文句は言われないのだ。
ちなみに今起動しているゲームは、完全VRのヘッドセットにも対応している、ゲーム内での恋愛、結婚も推奨されている、生活に根付いたリアリティ志向のMMORPGだ。とはいっても彼女が耳に装着しているものはヘッドセットでもゴーグルでもなく、どこにでも売っているような安価なヘッドフォンである。
(というかヘッドセットとか気持ち悪くなるだけでしょ。こんなの好きな人の気が知れないよ)
というのも、ゲームの腕がからっきしの彼女は、VRにもゲームにも毛ほども興味はなく、単に匿名で自由に人間観察が出来るから、というだけでこのゲームを選んだからだ。
ゲームの世界の中には魔獣はいない。こちらから仕掛けなければ相手が襲い掛かってくることもない。仮初だろうとも、この世界には安全が保障されている。
だから、たかがゲームといえど、そのゲーム内でしか営むことの出来ない関係というものを彼女良く理解していた。
ララ、ララララ~~♪
彼女は唐突に鳴るスマホの音に気づき、ヘッドフォンを外しスマホ画面を覗くと、分かり易く眉をしかめるのだった。
翌日、嘘真朧とミルは八王子市の街に繰り出していた。この辺りも市街地なので人通りは少なくないが、通勤ラッシュの時間帯とは少しズレているおかげもあり、さほど混雑することなく移動することが出来た。これが休日だったらこうはいかないだろう。
「ふぁ~あ。眠い。まだ十時半ですよぉ。いつもだったらまだ毛布に包まってゴロゴロ~って寝返りを打ってるところなのに」
「ぼくが言うのも何だけど、ミルちゃんって本当にダメ人間気質よね。ホント隣にいると和んで仕方がないよ」
「うふふ、和みの可愛いミルちゃんと呼んでください♥」
「はいはい、和みの可愛い“だけの”ミルちゃん」
あからさまな皮肉。しかし本人意に介さず。というよりも自分に都合の良い部分だけを聞き入れる機能があるようだ。隣で「いやーそれほどでも」と顔を赤らめているあたり、言葉で言って治るようなものではない。
これは根っからの問題。排水溝にこびり付いた油汚れの如く、強い力で擦りつけてやらないと治らないのだろう。
「皮肉だよ、皮肉。いっそのこと異能でその怠けも刈り取ってもらえば?怖いならぼくが代わりにやってあげるよ?」
「いやいやいや、自分の感情を刈り取るなんてっ!怖すぎて無理ですって!ほんとっ!」
急に慌て始め、ぶんぶんぶんと顔を振るミルちゃん。ぼくは終始陰鬱なホラー映画とか愛憎劇とかよりも、話が二転三転もするコメディ番組が好きだ。
それが等身大であるなら猶のこと。喜怒哀楽がはっきりしている人間を見るのはやっぱり楽しい。これだから彼女をからかうのは止められないのだ。
「でも、“弱い自分とは”決別したんでしょ?なら、なにも怖くないと思うけど」
「それはその。えっと。あの時は……必死だったし。二人が傷つけられるの、見てられなかったって言うか」
傷つけられた友だちの為に本気になれる。実際に見たわけでもないし、本人と執音たちから話で聴いただけだが、何故だかその言葉は信用できた。
きっと、その曇りない瞳が真実を語っていると訴えかけたからだろう。ぼくには出来ない、素晴らしい事だと思った。
「へー。ぼくも見てみたかったな。本気のミルちゃん。そんなの見れたらますます好きになっちゃうかも?」
「へ?マジ、ですか?」
「マジマジ、大マジ。好きな子のそんな側面、見たくないワケない」
「え、えへえへへへへっ」
嘘真朧の「好き」という言葉にミルは不気味に笑いだし、隣ではしゃぎ回転しながら拳を天に突き上げる。周囲に注意も払わずに回転し続けるもんだから、バランスを崩して千鳥足で電柱に頭から激突していた。
「あ゛ッ!?っっッ!?ゆ、指ッ!突き指ッ!?」
声にならない声。どうやら、頭をぶつけたついでに突き指をしたらしい。分かっていても実際にここまで分かりやすく感情を表現できる人間って少ない。だからこそ、その無邪気さと滑稽さが堪らなく愛おしかった。
もし、ぼくが彼女だったらああはならない。というか出来ない。だって、自分を見ていてもつまらない。鏡に映る不器用な笑顔じゃ誰も笑わない。けれど、自分と違う人間は面白い。だから、彼女は面白い。彼女といる時は笑顔でいられるのだ。
「あぅうぅ~、痛ぁ。へ、えへへへ、うふふ」
頭を押さえながら口元では口角を釣り上げて笑っている。その不気味な光景に一歩後退り、嘘真朧は心配の言葉を掛ける。
「あの、ごめん。壊れちゃった?ミルちゃん」
「ここ、壊れてないですっ!アタシちゃんはいつでも完全無欠の正常運転です!」
勢いよく指を突き出しながら震えた声で反論するミル。けれど、その指先はまだぶつけた痛みが残っているのかプルプルと震えていて、正直言って説得力は皆無だ。
「ふふ、平常運転ってそれは無理があるでしょ。ミルちゃんはダイヤも線路も無視しまくる、暴走機関車って感じだよ?」
というか、そうじゃなきゃ困る。ぼくのつまらない日常にはキミが必要なんだから。
ぼくがそう返すと、彼女はムッとした表情を浮かべて頬を膨らませた。そうやって感情が顔に全部出るの、本当に隠し事ができないんだなぁと感心する。
「暴走機関車って何ですか!ちゃんと停まりますよ!えーっと、えっと……ちゃんと駅には停まるんですっ!」
いやいや、停まれなかったから電柱で顔をぶつけたわけじゃないのか?
必死に反論しようとするミルだが、その反論すらも文字通り脱線していくのがまた面白い。
「っぷ、その例えが破綻してる時点で、もう全然停まれてないんだけどね。あはは帰ったらちょっと見てあげよっか?ぼく、機械いじり得意だよ?」
「と、とにかく!アタシちゃんは壊れてないんです!人を壊れたオモチャみたいにー!訂正してくださいよー!ていせいー!」
両手をばたつかせながら必死に弁解する彼女の姿は、街中ということもあり、いつもに輪をかけて目立っていた。
どうやら、彼女には周りから向けられる視線は視えていないようだった。たぶん、今こうして全力で騒いでいる姿は、そんな見た目の印象を良い意味でぶち壊している。
いや、彼女にとってはむしろそれが本来の姿なんだろう。どれだけ取り繕ったところで、結局こうして脱線してしまうのが彼女らしさといえるかもしれない。
「っわ!ちょ、だんちょ!?」
「ミルちゃんが可愛過ぎるせいだからね?」
ぼくは彼女の腕をやにわに掴み先を促した。
嘘真朧はその後も表情をころころ変えながら、あれやこれやと騒ぐミルをからかい続け、目的地までの暇つぶしにするのだった。




