キミのことは全部信じてあげる
「とまあ、そんなこんなでアタシちゃんは無事健やかに過ごし、今に至るというわけですよ」
本を閉じるような仕草をして、ミルがそう言い締めくくる。
「はぁ?またそれ?って言うかどこに向かって話してるの?」
ふんすと聴こえてきそうな鼻息を立て、無い胸を張りながら語るミルに、呆れ顔の嘘真朧はツッコミを入れる。正直なところ、この「自称悲劇のヒロインの空想絵巻物」は、耳にタコが出来る程度には何度も聴かされている。
確かにミルの異能は本物だし、感情を刈り取るという力も嘘ではない。嘘真朧は彼女の境遇が可哀想だったからというのもあるが、それだけの理由で誘ってやるような慈善的な性格でもない。自分にはない力を持っている彼女の可能性を信じたから誘ったのだ。
(いやそれもあるけど、本当は――)
本当は寂しかったから。
働く先を探して困り果てた彼女を見て、もしかしたらと思った。
だって、ぼくも困っていたんだ。
もちろん、こんなこと口が裂けても言えない。理由は面と向って言うのは恥ずかしいってのもある。けど、本当は言えないんじゃなくて、知られてはいけないってこと。彼女のことだ。きっと、その“弱み”を片手に鬼の首を取ったように嗤うに違いない。
じゃあ、実際に誘ってみてどうか、という話になるわけだが。
(結果はまあ、半々ってところかな?)
そう心の中で呟きながら、とぼけ顔の彼女を値踏みするように見つめた。
「?」
先の掃除機騒動なんかがそうだが、トラブルメーカー体質の彼女に手を焼かされることも多々ある。普通ならばなんでもない事をトラブルの種にしてしまうのだから、たぶん天性のものなのだろう。
それでも、世話のかかる子ほど可愛いとは言ったもので、可愛い妹分としては見れなくもない。
(喋らなければ可愛いんだけどなぁ、ミルちゃんは)
彼女はどこにでもいるような、それでいてそこらを探したって見つからない程の美少女だ。街を歩けば男女問わず視線を集めること請け合いだろう。けど、だからこそ思う。
(この子の話、本当なのかなぁ?)
いま彼女が話していた壮絶な過去とやらについては執音たちに訊いたこともある。しかし、あまりの浮世離れした展開の連続に、何が起きたのか白昼夢のようで、彼ら自身も半信半疑の状態。とのことだった。彼女の母親にもそれとなく訊ねたことはあるが、それらしい話はまったく聞けなかった。
茉莉ちゃんはミルちゃんのことをすごく慕ってはいる。感情を刈り取る鎌があれば、その辺りも思い通り誤魔化すことは可能――か?
(いや、疑ってばっかってのは良くないかな。ぼくの悪い癖だ。ひねくれ者の性分はちょっとやそっとじゃ直らないと思うけど。うん、出来るだけ馬鹿になって考えないようにしよう)
嘘真朧はこれ以上考えても良くない方向にばかり向かうと考え、思考の遊泳を切り上げることにする。
「ねー、聴いてる?だんちょー?もしかして具合悪い?お粥作る?」
ふと顔を上げると、ミルが近くまで寄ってきてこちらを覗き込んでいた。
「え、ああ、ごめん。ちょっと考え事。で、ミルちゃんの法螺話はこれでおしまい?」
「ちょっとちょっと!団長、全然聴いてないジャン!……ふふん。いい?これはね団長。アタシちゃんの壮絶な過去を、先のその先の後世まで語り継ぐためのミッショナリーなのです!」
ミルは無い胸を再び張り、小憎たらしい程のドヤ顔で言い放った。どこからともなく借りてきたマイクのようなものを手に持ち、まるでどこぞの演説家のようなポーズを取っている。
感情を刈り取る鎌は刈り取ってはいけないものまで、刈り取ってしまったということなのだろうか?
「ミッショナリー?」
「ミッショナリー!つまり布教です!アタシちゃんから団長への布教活動!団長はアタシより顔が広いから」
「顔が広いって、どこをどう見たらそうなるの。引きこもりのぼくに話したって意味無いでしょ」
「え!?だ、だって団長は腐っても萎んでも団長でしょ?レギオンを通して他の団の人と接する機会もあると思うし、そこでアタシちゃんのことを宣伝してくれたら――」
「ミルちゃん、キミやっぱり大事なものまで刈り取っちゃったんじゃないの?今の時代、いちいち顔を合わせて話し合いなんてするわけないでしょ。定例会なんてないし、必要な案件はこれで全部完結だよ」
嘘真朧は手に持ったスマホをぶらつかせながら言う。
「じゃ、じゃあ、そこで――」
「ぼくに赤っ恥かかす気?だから何だ。それで一蹴。そんな下らないこと話したら変人って思われちゃうでしょ」
「……」
黙り込むミル。顔を俯けしゅんとするその様子は、小柄な体格も合わさり小動物のそれを思わせる。さすがに言い過ぎたと、フォローの言葉をかけようと声をかけようとしたその時。
「で、でもっ!団長は信じてくれましたよね!?」
落ち込んでいるかと思われたミルがばっと顔を上げ、にじり寄り上目使いでそう言った。
「アタシ、団長に信じてもらえるならそれで十分って言うか。アタシちゃん的にはまだまだ言いたい事や話したいこといっぱいありますけど」
これも何度も聴かされた話だ。細かなところに差異はあるものの毎回同じ。もしこれが作り話だとしたらもっと矛盾が生じるだろうし、事実として彼女には異能の鎌がある。それは事実。ぼくは元来疑り深い性質ではあるものの可愛い部下の話だ。別に掛け値なしで信じてあげてもいいかもしれない。
「大体ですよ!?団長は冷めすぎなんですよ!レギオンのトップ張ってるような人なんですから、もっとこうあるじゃないですか!なんか、こう、ぐーってのが!山火事みたいにホットであるべきですよ!」
その、冷めていて疑い深いところを買われてレギオンに入った。ぼくに求められているものは“そういう側面”。と言い返そうと思ったけれど、口にするのは止めた。だって彼女にそれを言ったところで何になるでもない。それに、彼女との会話に暗い話題は野暮ったくて敵わない。
「山火事って。あはは、何それ?」
ミルの支離滅裂な言い分に思わず笑みが零れる。思えばこうして何気ない会話で笑えるのは、彼女と話している時だけかもしれない。彼女の本質は“感情を刈り取る鎌”ではなく、こういうところにあるかもしれない。そう思った。
「だから天才のアタシちゃんのこと、レギオンのみんなにも宣伝してくださいよー!もちろん、ちょっぴり悲しい過去付きで!誇張マシマシで!お願いしますよ~」
「宣伝とかは面倒だからしないけど、ぼくだけは信じてあげるよ。可愛いミルちゃんの頼みだもんね」
「え、ほんとに!?団長がアタシの話を信じてくれるなんて、奇跡が起きたみたいですね!じゃあもう一回最初から語って――」
「いや、それはいい」
嘘真朧は手をひらひらと振って、再度聴かされるであろう長い話を遮った。その代わり、少しだけ優しい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「キミのお母さんの語るキミの人物像。今ここにいるキミ。そして感情を刈り取る鎌。全部信じるよ。ミルちゃん、キミのことは掛け値なしで信じてあげる」
ミルはその言葉に大げさにガッツポーズを取って、子供みたいな笑顔を浮かべた。その無邪気な姿を見て、嘘真朧も笑顔がこぼれる。満たされた気持ちとはこういうことを言うのだろうか。
「ほんと、手のかかる子だね、ミルちゃんは」
嘘真朧はそう呟きながらも、どこか安心感を覚えた。彼女の過去が本当かどうか、それはもうどうでもいいことだった。彼女の笑顔がある限り、それだけで十分だと感じる自分がいることに、気づいていたのだから。




