魔女裁判2
消えた。どういうことだ。なぜ消えた。おれの異能は対象から吐き出される弱音を糧に生み出される奴隷人形だ。
弱音とは逆らう意思を削がれた物言わぬ感情。故に能力者の命令に決して逆らうことはなく、忠実に命令を遂行するだけだ。
仮に相手が弱音を吐いた後、立ち直ったとしても、吐き出された弱音は消えることはない。
いや、宝城は“弱音を刈り取る”と口にした。
「何をした、宝城」
「何って、言ったつもりだったけど」
っち、やはりそうか。宝城はあの手に持っている鎌で奴隷人形を構成する、“弱音”と云う感情を殺したということか。
危険――だな。あの鎌は想像以上に危険だ。感情を刈り取るという言葉から推測するに、弱音以外にも、怒り、喜び、嘆き、安心、不安、感情であれば全て刈り取ることが出来るということかもしれない。
感情がゼロになるということは文字通り無になることだ。ならあの鎌に刃に触れれば最後、廃人同然の裳脱けになってしまうこともあり得るということだ。
「この鎌は感情を刈り取る。先生の作った偽物は“弱音”と云う感情を刈り取られて消滅した!」
西條の表情が眼鏡のレンズ越しに曇る。驚愕と焦燥、そしてわずかな恐怖がその顔に浮かんでは消える。彼の中で感情という名のネガティブな思考が渦を巻く。
想像通り。しかし、バカな、そんなことがあり得るのか。いや、あり得るからこそ、おれはこうして追い詰められてるんじゃないか。
「……」
西條は無言を決め、冷静さを努めるように中指で眼鏡のブリッジを直すと、威嚇するように少女を睨みつける。しかし、当の本人はどこ吹く風。先ほどまで困惑と恐怖に怯えていたのが嘘の様だ。ミルの手に握られた禍々しい鎌は淡く紫色の光を放っていた。それは異質な存在感を放つ。
その様子に西條は、自身の中に渦巻いている恐怖が膨らんでいく。そして直感する。この感情を悟られてはまずいと。
「この鎌、何て名前が良いかな?アタシが考えるとちょっと痛い感じになっちゃうかもな。死神とか、さすがに安直かな。ねえ、先生。どういう名前が良いと思う?」
ミルは鎌を手のひらの上で回転させながらそう問いかける。西條がそれでも無言を貫き通すと、ミルは一方通行の会話を続けた。
「まあいいや。先生、さっきからアタシをどうにかしようとしてたよね。でも、それはもう無理。先生も分かってるんじゃないかな?チョキはグーに勝てないのと同じだよ。アタシの異能には先生の異能じゃ敵わない」
急激な人格の変化。つまりあの鎌で自分自身の弱音や恐怖心すらも刈り取った。そういうことなんだろう。
これは劣勢。間違いなく劣勢。宝城言う通り、あんなものが出てきたんなら、おれの異能如きじゃどうにも太刀打ちできない。
「確かにそうだ。確かにそうだが」
おれの異能なんて足元にも及ばない――だが、異能以外ではどうかな?
「宝城。お前は、自分のしていることが理解できているのか?」
西條は冷静さを装いながら問いかける。
「ん?分かってるよ」
ミルは即答した。その言葉には一切の迷いはない。
「アタシはこの力を使って守れなかったものを守る。それだけだよ。この力はきっとそういうモノだって信じてる」
しかし、その言葉の奥に潜む危うさを西條は見逃さなかった。
「感情を刈り取る、か。たしかに、お前はその鎌で“自分自身の弱音”を刈り取った。だが、それはお前自身が秘める内なる感情も例外じゃないだろう?」
ミルの表情が一瞬だけ曇る。しかしすぐに、彼女はにやりと笑って言い返した。それが何を意味するのか西條には分からない。
「で、何が言いたいの、先生?」
「お前はたった今、異能に目覚めたのだろう?いわば赤子。生まれたての状態といえるだろう」
「……」
「お前は今、仲間を傷つけられたことによるおれへの憤り、未知の力を体得出来たという微熱に浮かされている状態なんだ。詰まるところ冷静さを欠いている。お前はその力の危うさに気づいていないッ!」
「……なにそれ、そんなこと。大丈夫、アタシはいたって冷静だよ。っていうか、焦ってるのはむしろ先生の方じゃないの?」
ミルは小馬鹿にした仕草と呆れ顔でそう言った。
いや、動揺しているのは間違いないのだ。その証拠に、視線が一瞬泳いだのを見逃さなかった。
「分からないのか?おれだって同じだった。異能は奇跡の存在。起こりえない超常現象を無理やり生み出す禁忌と同じ。禁忌って蠱惑的だよな?ドラッグ、生物学、錬金術っ!けどどんなお話だって禁忌に手を染めた者の末路は、到底視れたモノじゃないぜ?なあ宝城。もう、おれの言いたいことが分かるよな?」
「……っ」
「お前のその力にはっ、代償が付きまとうはずだと思わないかってことだよッ!」
西條はまくし立てる様にそう言い切った。言い切った後に、熱に浮かされてるのは自分も同じかもしれないな。なんて自虐的に笑って見せた。
「代、償?」
今度は分かり易い。たしかに今言葉を詰まらせた。あと一押しだ。所詮ガキ。どんな力を手にしたとしても、経験則、これが圧倒的に不足しているんだ。話を聴く耳さえあればいくらでも欺き騙し通せる。あまりにも下らない。あまりにも容易い。
「宝城、お前は自分で気づいていないだけだ。その鎌の力を使えば使うほど、お前は“自分”を失う。弱音だけじゃない。怒り、喜び、不安、安心、全部だ。刈り取られた感情は二度と戻らない」
西條の言葉に、静観していた執音と茉莉がハッと息を飲む。
「それがどうしたの?」
しかしミルは、あっけらかんとした調子で答えた。
「アタシが感情を失おうと、それで誰かを守れるなら、それでいいよ。別に、いい」
「ミルっ!」「ミルちゃんっ!」
執音たちが叫ぶ。その声には悲痛な響きがあった。
「ダメだよっ!そんなの!感情を失ったら、それはミルちゃんじゃない!茉莉たちが助かったって、ミルちゃんがいなくなったら……そんなのいやだよっ!」
茉莉の言葉に、執音も重い口を開く。
「ミル。茉莉姉の言う通りだ。お前には言いたいことがまだたくさんあるんだ。ぼくはお前にお礼を言えてない。……それに、茉莉姉を悲しませるなよ」
その言葉に、ミルは一瞬だけ目を伏せた。
「ありがと。でも」
彼女の握る鎌から放たれる光が、わずかに翳るのを感じた。
「アタシには、これしかないんだよ」
その言葉に、西條はにやりと笑みを浮かべる。
「そうか。やはり、お前はもう“異能”に取り込まれ始めているな」
「?」
「おれも教師だ。お前のことは少なからず見てきているつもりだ。以前のお前であれば、“自分を犠牲にして誰かを助ける”なんて言葉、出てこなかっただろうさ」
西條は諭すようにミルに語り掛ける。
「感情を刈り取る鎌を振るう。随分な力じゃないか。けど、お前には過ぎた代物だよ。おれは先ほどお前の手に持っている鎌が、お前の心に呼応して輝きを変えたのを見逃さなかった。これがどういうことか解るか?」
「解らない」
「つまり、お前が鎌を振るうということは、自身の命すら削り刈り取ることに繋がる。今は正気を保っていられるとしても、やがてお前は鎌そのものに魂を刈り殺されることになるだろう。宝城、今のお前が正気を保っていられるのも、時間の問題かもしれないな?」
その言葉に、息を飲んで見守っていた茉莉が、身を乗り出しながら声を張り上げた。
「どうしてそんなことを言うの!?ミルちゃんがそんなことになるわけない!」
「クククク、そうだといいな」
西條は冷笑を浮かべながら、ゆっくりと距離を取るように後ずさった。それに追い縋るようにミルは駆けようとするが。
「おっと、いいのか?お前の大事なお友だちの後ろには、まだおれの作り出した伏兵が隠れているぞ?」
「っ!?」
ミルたちは慌てて背後を振り返るも、そこには何もない。これが西條の出まかせだと気付くのには時間はかからなかったが、振り返った時、すでに西條の姿はそこにはいなかった。




