嘘吐きな先生と嘘吐きなアタシ
「大丈夫。宝城、おれはお前に嫌われるような先生にはなりたくないんだ。だから、お前が嫌うようなことは一切するつもりはない。この少年たちもどうこうするつもりはない。だから、安心して帰りなさい」
先生はにっこりと笑顔を作りながらそう言った。
は、ははははは。
心の中で乾いた笑い声が拡がった。まるで、何も無い空間で、誰もいないのに笑うみたいに意味の無い感情。だってそれじゃあ、誰に向けて、何のために笑うのかも意味が分からない。
だから、分かるよ。
先生は自分のことを嘘吐きだって言ったじゃない。アタシと同じって言ったんだ。なら、分かる。似た者同士の先生の考えていることは、手に取るように――分かる。
そして――そんなアタシの考えていることも、きっと。
「やれやれ。無駄だよ、宝城。現実はそんな簡単に思い通りに行くことはない。おれは大人。お前は子供。そして、おれは能力者、お前は能無し。おれを出し抜く算段かもしれないが、その事実がどうにもこうにも覆らない」
先生は諭すように、現実を突きつけるように、ゆっくりとこちらに歩を進める。逃げても無駄。逃げても逃げられない。だから、追い縋る必要がない。そう無言で訴えかける。
歩み寄る先生の隣には、その眼に虚空を映したアタシと執音くんがいる。今は突っ立って傍観しているだけだが、先生をどうにかしようとすれば、あの二人が間違いなく妨害してくるだろう。それならば、アタシに出来ることなんてそもそも何も無いんだ。
“大丈夫。アタシが、何とかするから”
さっき、茉莉ちゃんに言った言葉だ。本心のつもりで言った。だって、嘘吐きたくなかったから。嘘吐いたら友だちになってくれないと思ったから。
アタシはその言葉すらも嘘で塗り固めて、この場から逃げ出すの?
こんな状況で逃げないって、負けると解ってて戦いに行くようなものだよね。先生も帰れって言ってる。だから、きっと逃げるって選択は間違いじゃない。けど、逃げたら今度こそ、仲直りの機会を失っちゃうな。
それは___いやだな。うん、すっごく嫌だ。
だって、アタシは執音くんたちと仲直りをするために戻って来たんだから。
「アタシは先生と似た者同士。だから、先生の考えていることが、アタシには分かる」
「先生の話、聴いてなかったか?分かったところで覆らないんだ。人類が何十年と夢見てきた不老不死が、未だ実現できないように――単純に、届かない。お前の手では彼らの命に、届かない」
「不老不死?くだらない。やっぱり先生は嘘吐きだ」
先生は動揺してる。思考を読み取れないアタシに。何を考えているのか、何をしでかすか分からないアタシに。どんなに繕っても身体は正直だ。嘘吐きのアタシだからこそ、嘘吐きの先生の考えていることは――分かる!
アタシは意を決したように姿勢を屈ませ前方へと駆けだす。先生の言う通り、対格差、人数、どれをとってもアタシに勝機は無い。だから、動揺している今だけがチャンス。
「っグ!?捕えろッ!」
しかし、命令に忠実な偽物たちは一切無駄のない動きで割って入ると、アタシは呆気ない程簡単に組み伏せられてしまった。
「ぅっ!くぅうぅっ!」
「はっ!はははははっ!何を考えていたかと思えばっ!何も考えていないってオチか、宝城!これじゃあ、さっきの焼き直しになってしまったぞ?んん?」
そうおどけながらアタシに顔を近づける。平静を装っている様でも動揺しているのは感じられた。だから、今のが最後のチャンスだったのだ。
暫くアタシの顔をまじまじと視ていた先生だったが、ふいに真顔に戻り、立ち上がるとこう言った。
「宝城。おれも正直今日お前がここに来たのは誤算なんだ。正直に驚いた。お前は思ったよりも勇敢だったってな」
コホンと、一呼吸置く。先生はアタシに背を向けると言葉を続ける。
「つまりだな、心の準備が出来ていない。だから、今日お前に何かをしようとか何も考えていないんだよ。それどころか、お前の泣きそうな顔を視て愛おしく思ってしまった。傷つけたくないってな。おれは嘘吐きだが、これに関しては本心だ。と言っても、ははっ、信じてくれないか?」
振り返りながら笑顔でそう言った。混じり気のない笑顔、そう視える。本心だろうか。アタシにはもうよく分からなかった。
先生が指をパチンと鳴らすと、背中に乗っていた重圧が音もなく闇に溶けるように消える。
「だから、今日のところは帰れ。そして、我が身が可愛いと思うなら、これっきりこの森には立ち入るな。ただし、それが最後の忠告だ。次に来た時はお前の身の保障は一切ないと思え。おれが怖いならどこかに引っ越せ。おれはお前を居なかったと思うことにしよう」
それは生徒を、アタシの身を案じる気遣いの言葉。
そして、自分の欲に忠実な、傲慢で身勝手で自分勝手な、理想の教師とは程遠い。
歪み捻じれた良心によって吐き出された、最低最悪の言葉だった____




