先生が望むモノ
「ふふふ、“吐いたな”?宝城、お前は周りから評価されない自分を卑下していたかもしれない。卑下する自身を嫌い、そんな世間から目を逸らし、自分自身に嘘を吐き、悟られないよう周りにも嘘を吐いた。違うか?」
こんな側面を知ってしまってもやっぱり先生だな。そう思った。
アタシは先生の事すら視界から遠ざけていたつもりだったけれど、先生はちゃんとアタシのことを見抜いていた。だって、今先生が言ったことは全部当たってる。悔しいくらいに全部、全部。
「けどな、おれはそんなお前を評価していたんだ。嘘を吐くのだって楽じゃない。宝城、お前はお前なりに努力をしていたんだよ。だってさ、自分自身を誤魔化すのは辛いことだ。ふとした瞬間、鏡に映った自分がどこか空虚に視えて、堪らなく惨めな気持ちにならないか?」
「なり……ます」
全部その通りだ。心を見透かされてる。その先の奥の奥まで。
「宝城。なんで自分の考えていることが見透かされてるんだろう?今、そう思っただろ?」
「は、はい」
そう言い終わると先生は一呼吸を置き、アタシの頭に撫でるような仕草で手を乗せると、いつもの優しい笑顔でこう言った。
「おれも、同じだったからだよ。おれも宝城と同じだ。おれも自分自身にずっと嘘を吐き続けていたんだ」
「せ、先生、も……?」
改めて先生の顔をまじまじと視る。優しい顔をしているのに、唇は震えていた。泣きそうな顔を笑顔で隠して必死に堪えているような、そんな感情の入り混じった例えようのない表情だった。
じゃあ何で__
何で先生は執音くんを痛めつけて__
茉莉ちゃんをあんな高いところにロープで縛って__
何でこんなところにいるんだろう?
「ああ、同じだ。ありがとう、宝城。けど、ようやく魅せてくれた。お前の“弱音”を」
その瞬間、足元に浮遊感。ミルはその場に立っていられなくなり、おぼつかない足取りで、ふらりふらりと後退する。
「は?え?」
ミルが今立っていたところには真っ黒の闇が渦巻いている。それはまるで、彼女から抜け出した一部みたいに、うねうねと様々な形を作り、やがて小さな人影を形成しその場に顕現する。
それは初めて視る異物。異形。なのに、どうしようもない既視感に襲われる。
なぜなら、その異物は自分と全く同じ姿をしていたから。
なぜなら、その異物は偽物の執音と同じように、両の眼が真っ黒な闇に染まっていたから。
「ふふふ、ようやく成就した。おれの細やかな願い。祈り」
西條はこんな特異な状況だというのに動じることなく、気味の悪い微笑を続けるだけ。否、この特異な状況を引き起こした張本人だから、動じることなく笑い続けることが出来るのだろう。
「せ、先生。これは、どういうこと、ですか?」
「ふふふふふ。あ?あぁ、宝城。気になるかい?」
先生はまるでアタシなんか眼中にないといわんばかりに、興味なさそうにそう問いかける。
「――ふむ、そうだね。まあ、もういいか。バラしてしまっても」
先生はコホンと咳払いをしてこちらに向き直る。
「お前たちの姿をしたこの怪異はなんてことない、お前たち自身だ。これはおれの異能 不完全なる者『imaginary library』の力で君たちの心の一部が具現化した姿なんだよ。ああ、異能って知ってるよな?学校の授業でも習ってるもんな?」
異能。つまり先生は能力者だということだ。何も無いところから火を生み出したり、水を溢れさせたり、奇跡とも呼べる現象を創造する。異能を操る者、それが能力者。話には聞いたことがあるけれど、本物の能力者を初めて見た。
「心の、一部?一部って」
「弱音さ。自分自身をさらけ出し、心から吐露することで実体のない闇は、マイナスの心として具現化するんだ。けど、所詮それはネガティブな深層意識。不完全なる者。だから、自発的に行動は起こせないし、口を利くことも出来ない」
マイナスの心?それがどういったものかはよく分からないけれど、たしかに執音くんの偽物も、話しかけても一向に喋ることは無かった。
「彼らが完全なる者として、この世界に顕現するには足りないものがあるんだよ」
「……足りないもの?」
アタシは話について行くのが精一杯で、オウム返しに言葉を返すのがやっとだった。
「何でもかんでも簡単に訊くんじゃない。少しは考えろ宝城。ほら、滲み出たお前を見てみろ。欠けてるものがあるじゃないか?」
欠けているもの?そんなの、感情とか、意思とか。先生が言ってたもの。
___いや、違う。もっと分かり易い答えがそこに無いじゃないか。
「も、もしかして……め、目?」
自分でも声が震えているのが分かる。その答えが意味示すものはつまり。
「ああ、ご名答。百点だよ、宝城。この異物は画竜点睛。筆を入れる前のだるまと同じだ。だから、おれは――お前の命が欲しい」




