夢の中で会えたら
野良犬?それか、もしかして。
「執音くん?茉莉ちゃん?いるの?」
意を決めてそう呼びかける。しかし、待てども待てども返事が返ってくることは無い。
「と、執音くん?茉莉ちゃん……?」
もう一度、恐る恐る名前を呼んでみる。声が少し震えてしまうのは自分でも分かっていた。けれど返事はやっぱりない。
アタシの心の中で、少しずつ不安が膨れ上がっていく。
“森には魔獣が出るという噂がある”
いや、ニュースが話していたのは、魔獣に襲われた人がいるということだけ。先生が話してくれたのは、魔獣がいるかもしれないから早く帰れということだけ。それだけだ。
さっきも言った通り、この森に魔獣がいたなんていう話は一度も聴いたことがない。魔獣なんているわけがない。
もしいたとしたら、噂の一つや二つ流れていたっておかしくない。流れていないということは居ないということ。居ないのなら危険だってないということになる。
そう、言い聞かせるように何度も頭の中で復唱した。
いいだろう。それをこの目で確かめてやる。
額に滴る汗を拭うこともせずに、アタシは森の奥へと向かって足を踏み入れた。
時刻は十七時を刻もうとしていた。
「執音くーん。茉莉ちゃーん!いたら返事してー」
そう呼びかけながら、ミルはさらに森の奥へと進んでいく。呼びかけるとはいったものの、その実、声量を絞った囁くような声である。居ないとは言い切ったが、魔獣が居る可能性も考慮して、大きな声は出せないでいたのだ。
この辺りは初めてくる場所だ。ミルは足元に注意を払いつつ、帰り道を見失わないように、スマホのマップアプリを頼りにしながら進むことにした。
「でも、やっぱ変だよな。普通だったらこんな奥まで行くわけないよね」
足音もあれから聴こえない。日も暮れてくる。二人のことは心配だけれど、これ以上はもう止めておいたほうが良いかもしれない。今日はここらが潮時なのだろう。
そう思い踵を返したその直後、目の前を黒い影のようなものが横切って行ったのだ。
「っ!?」
消えて行ったほうからはカサカサと音がした。間違いない、何かがいるのだ。そしてそれは、ミルを避けるように動いたということだけが事実だった。
(魔獣だったら襲ってくる、んだよね。じゃあ、野良犬ってこと?少なくとも執音くんたちじゃない)
そう理解できた時、ドっとアタシの肩から力が抜けていく。脱力し膝から崩れそうになるのを必死でこらえた。それは執音くんたちじゃなかったことからの落胆か、それとも魔獣じゃなかったことからの安堵か。うん、そんなの決まってる。前者だ。
(……執音くんたちに会いたいな)
もう来ないほうが良いと思ったばかりだけれど、また明日出直そう。ミルはそう心に決め、帰り道を足早に駆けていくのだった。
帰宅時間は十八時ギリギリになってしまったが、お母さんから何か言われることは無かった。何か言いたそうな顔をしていたけれど、結局何も言われなかった。アタシにはその理由が何となくだけど、分かった気がした。
たぶんだけれど、余計なことを言ってしまって前みたいな関係になるのが怖いんだろう。そう思った。だって、アタシだっておんなじ気持ちだったから。お父さんはアタシたちを姉妹の様だと言った。ならきっと、そういうことなのだろう。
「ゴメン、ちょっと熱中して遅れちゃった。こんなこともう無いようにする」
アタシは自室に向かう途中、すれ違いざまにお母さんにそう謝罪した。やっぱり、心配は掛けたくないから。
「あの音、結局何だったんだろう?」
あの場では野良犬ということで決着した。
けど、本当に野良犬だったのだろうか。野良犬でも野良狐でも何でもいいけれど、もしそうだったとして、あそこまでアタシを避けるように姿を消すだろうか。それに一瞬だけ視えた影、野良犬にしては少し大きかった気もする。
アタシはその実態を確認できていない。何故だろうか。アタシは“その影の正体を知らなくてはいけない”そんな気がした。
「それに、執音くんと茉莉ちゃんにも会えず仕舞い。明日は会えるといいな」
今日は良い夢を見よう。アタシと、執音くんと茉莉ちゃん。三人で遊ぶ夢だ。
仲良くなったアタシたちは互いに冗談を言い合いながら笑いあうんだ。秘密基地でのお城づくりに没頭したり、新しい遊びを考えたりして、一緒に時間を過ごす夢。
執音くんがふざけて土を掘りながら「ここは王様専用のトンネルだよ!」と得意げに言って、茉莉ちゃんが「それじゃあ、茉莉はお姫様専用の塔をつくるね!」と笑う。アタシは二人を見て「それじゃアタシは何担当かな?えへへ、王女様?」と苦笑しながら、自然にその輪の中に溶け込んでいる。
夢の中は自由だから。不安も恐怖も存在しない。ただ、三人で笑顔でいられる幸せな世界なんだ。
大丈夫、願えばきっと良い夢だって見られるはず。




