嘘吐きミル
“あの二人の身にいったい何が起きたのか?”
その疑問だけが心の中で渦巻いていく。
世間では魔獣に襲われた、なんてニュースを見ることもある。
学校じゃあ寄り道をせずに帰れだとか、人が寄らないところへは行かないようにとか、危ないと思う場所には近寄らないようにとか、そんな話をエピソードを変えながら、耳にタコが出来るくらい何度も聴かされてきた。
けれど、この森でそういった話を聴いたことは一度だって無い。だからアタシは、あり得ない。そう思い込んでいた。
見たことも無い魔獣に対してのアタシの認識は軽いものだった。それは一向に訪れない災害に向けて行われる避難訓練に似ていた。実際に災害に見舞われて初めて実感するであろう現実感が湧かないのだ。
でも、意味の無い事なんてこの世には無いのだ。必要だから何度も何度も、繰り返し繰り返し教え込まれてきたのだ。
それってつまり、危険だってことじゃないの?
人がいないところには、“いる”ってことじゃないの?
「ば、馬鹿馬鹿しい。アタシはこの森に何回も来てるけど、そんなの一度だって視たことないしっ」
背反し合う気持ちを抑えつけるように、自分に言い聞かせるため声に出した。物事は明るい方に考えていたほうが良いに決まってる。だから、とにかくあり得ない。そう思い込むことにした。
それにまだ二日目。昨日の今日だ。
たまたま長めの外出をしているだけかもしれない。もしかしたら、アタシの知らないうちに、夜に帰ってきているかもしれない。考えられることなんて山ほどある。
(ここにいても仕方がないし、今日は帰ろう)
今日は授業が五時限目まであった。もうすぐ十七時になるし、暗くなる前に帰ったほうが良い。別にまた明日くればいい。明日は四時限目までだしもう少し早く来れる。そしたら、きっと二人がここにいてくれているんだ。
ミルは秘密基地の配置が、昨日から寸分も違いが無かったことには気がついていた。気がついていても気がつかないフリをしていた。そうしなければ不安に押しつぶされそうになるかもしれないから。だから、自分自身に嘘を吐くことを決めたのだ。
アタシは嘘吐きだ。
子供の頃から、いや、今も子供だけど。ずっと嘘を吐き続けてきた。
親にもクラスメイトにも、先生にも、誰にでも。
別に誰かを騙してやろうとか、貶めてやろうとかそういった理由じゃない。
ただ、嘘を吐かないと耐えられなかっただけ。
弱くて脆弱な心を守るためには、嘘を吐いて誤魔化し続けるしかなかったのだ。嘘を吐くことで周りと繋がっているフリをした。それだけがアタシの生き方だった。
例えば友だちには“強がるフリ”をした。得意でもないことを得意げに話し、バレそうになれば誤魔化してさらに嘘を重ね続けた。だから、距離なんて一向に縮まることも無かった。
例えばお母さんには“楽しかった”と嘘を吐いた。それは友だちと楽しく話して、楽しい学校生活を送るという妄想。けどその実態は、何も無い空間だ。ただただ時間が過ぎるだけを待つだけ。クラスメイトとは上辺だけの会話。互いが互いにとって、居ても居なくても変わらない埃のような存在だ。
そして、あの二人にも“嘘を吐いた”。
もしかしたら、魔獣に襲われたわけではなく、アタシを見限ってこの秘密基地を捨てたのかもしれない。
その結果がこれなのだとしたら、きっと喜劇なのだろう。
滑稽で二番煎じな愚か者の笑い話。
ただ、アタシを見て嗤ってくれる人がいないだけ。
もう一度振り返り、秘密基地を一瞥する。誰もいなくなった秘密基地は、例えようがない程に寂しく、悲しい場所だった。
こんなに悲しい気持ちになるのなら――
(もう、来ない方がいいのかもしれないな)
____ガサリ。
意気消沈、もう秘密基地には来ないと決め、帰路につこうとしたその時、森の奥から落ち葉を踏みしめるような、不穏な音が聴こえたのだ。




