焦燥と違和感
__ピピピピッ
「!?」
眠りかけていた虚ろな頭を小突くように、脳内に騒音が流れ込んできた。辺りを見回すと既に日が暮れ始めていた。どうやらあれから何もしないで待つうちに、疲れのせいかウトウトしてしまっていたようだ。
いつまでも鳴り響くスマホの画面に目を向ける。
「五時のアラーム」
今日は黙って出てきたわけではない。お母さんに夜の六時までには帰ると約束をして、一人での外出の許可を貰っていた。以前のお母さんに言っても無理だっただろうが、今日はあっさりと許してくれた。
せっかく築き上げた信用を、ここで無くすわけにはいかない。
「帰らなきゃ」
そう小さく呟いて立ち上がる。
最後にぐるりと見渡してみる。辺りには当然のように誰もいない。痕跡のようなものも、たぶん無い。結局あれから二人は、ここへは帰ってこなかったということなのだろう。
歩き出そうとすると少しふらついた。なんだろうか、少し頭が痛い。眠っていたのかも分からなかったが、どうやら疲れは取れていないみたいだ。
(二人とも、どこに行ってるんだろう)
もしかして、どこかほかに良い場所を見つけたのだろうか。
あの日から三週間ほどが経過している。そもそもこんな何も無いところに、何日も滞在するということ自体が苦痛な筈だなのだ。だって、アタシも言っていたじゃないか。生きていくなら食事もお風呂も必要だ。ここにはそのどちらもが無い。
だから、もしそうだったとしても、おかしくなんてないのだ。
けれど。
もしそうだったとしても。
“ミルがいない間はぼくたちが守っておいてやるからさ”
なんだか、裏切られた気分だった。
「は、ははっ」
乾いた笑いが口を衝く。どの口が言ってるんだか。先に裏切ったのは他でもないアタシの方だ。裏切ったのなら裏切られても当たり前だ。世の中ってのはきっとそういうモノだ。
「ミル、おかえりなさい。どこに行ってたの?」
「あ、うん。ちょっとその、本屋に。色々みたいものがあったから」
嘘は淀みなくスラスラと出てきた。別に言い訳を考えていたわけじゃないけれど、本当のことはさすがに言うわけにはいかなかったから。だから、笑顔のお母さんを見て、また心が少し傷んだ。
「あの、さ。お願いがあるんだけど」
「ふふふ、なぁに?本屋さんで面白いものでも見つかった?大丈夫よ、買ってあげるから」
「いやっ、違う。明日もまたその出てもいい?まだ、その、確かめたいことがあるから」
「……」
少しの間沈黙が流れた。その時間がやけに長く感じられて、アタシは逃げるように洗面所へと向かおうとした。
「いいよ。でも、明日も同じね。六時までには家に帰ってくること。それと何かあれば直ぐに連絡をすること。守れる?」
「うんっ。大丈夫っ」
「それと、もう一つだけ。学校を出て駅とは逆の方向に歩いた先、柵で遮られた森林があるでしょう?あそこへは絶対に近寄らない事。いい?」
「……うん、分かった」
これは後から気づいたことだけど。たぶん、お母さんはアタシが嘘を吐いていることに、気がついていたと思う。アタシは嘘を吐くとき、きまって目が泳ぐんだ。それに信頼してもらっているお母さんに嘘を吐くことに、少しは抵抗があったんだろう。
お母さんがすぐに答えを返さなかったのは、きっとそういうことなんだと思う。
次の日の学校帰り。アタシは駅とは逆方向、秘密基地に足を運んでいた。
「……」
あたりを見渡してみる。
アタシ一人。他には誰もいない。それはつまり、昨日と何も変わらない景色。
作りかけのお城に、土を被ったシート、スナック菓子の袋____
スナック菓子?たしか、うん。昨日もあった気がするけれど。
何気なしに手に取ってみる。袋の中を覗いてみると、まだ何個かスナック菓子が入っていた。これはもしかするとかなりおかしな状況じゃあないだろうか。
二人は孤児院から抜け出してきたと言っていた。孤児院という場所がどういったところかはよく知らないけれど、親や世話してくれる近親者のない子供たちを擁護する施設であるはずだ。ならば、そんな二人に頼れる人がいるとも思えない。一日を生き抜くにも大変な状況だと云えるはずだ。
そんな二人がスナック菓子とはいえ、食べ残すような真似をするだろうか?いや、しない。好き嫌いとか、意地汚いとか、そういう話じゃない。あり得ないのだ。
アタシは考える。つまりこういうことか。ここに居たけれど、何らかの状況により“ここからは離れなくてはいけなくなった”という感じだろう。
「……」
アタシは森の奥を睨む。森は静かに佇むもざわつきを隠さない。それは得体の知れない何か。
何者かの魔手が彼らに伸びていること。それは間違いないと感じた。




