アタシと誰もいない秘密基地
それから一週間。また一週間と何事もなく時間は過ぎていった。
あの日から相変わらずお母さんとアタシの仲は良好だった。
好きなものを言えば作ってくれるし、アタシの話を聴いてくれるようになった。成績が劇的に変わったとか、アタシが何でも言うことを聞くロボットみたいになったとかじゃない。ただ、いっしょにいる時間が増えたことで、それだけのことで、時間が優しく撫でるように関係を修復していったのだ。
お母さんもアタシも笑顔の時間が日々増えていった。一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、というように。もちろん、お父さんもお母さんの笑う機会が増えたことで自然と笑顔が増えていった。
時々、「二人とも、こうして見ていると仲の良い姉妹みたいだな」と冗談交じりに言ってくるお父さんに、お母さんは「何それ?冗談でも嬉しいっ」と笑いながら返す。そのやりとりに、アタシもつられて笑う。そんな瞬間が増えた。
お母さんとお父さんが一緒に笑っている姿を見ると、家の中が少しだけ明るくなったような気がした。まるで、何かが少しずつ満たされていくような感覚。それは大きな変化ではないけれど、じんわりと確実に感じられるものだった。きっと、そんな空間に居心地の良さを感じていたのかもしれない。
余裕が出来ると、何かを考えたくなった。考える余裕が出来たのだ。
別段趣味があるわけでもない、アタシが考えることといえば一つしかない。
秘密基地。
いや、秘密基地のことじゃない。あの二人のことだ。
つまるところ心配。他の子たちよりは多少自立できているといっても、所詮は子供。子供二人で出来ることなんてたかが知れている。そんなことは“子供のアタシ”が何よりも理解できている。
ましてや人に見つかるわけにはいかない理由もあるだろう。
そんな状況でいったい何が出来るというのか?
悩んで、悩まないようにして。心配して、大丈夫だろうと言い聞かせて。いくら笑えてもその憂いが消えることは無い。
ううん、違う。時間が経てば経つほどに焦燥に駆られている。気がつけば自分でも知らないうちに貧乏ゆすりをしていた。心配に思う心は、笑顔なんかでは帳消しになんて出来ないのだ。
だから、とある晴れた日。震える足にパシンと喝をいれて“あの秘密基地”へと向かうことにしたのだ。
(大丈夫、怖くない。怖がる必要なんてない。自分の居場所に戻るだけなんだ)
心の中で反芻するように、自問自答を繰り返しては言い聞かせた。誰にも打ち明けられないのなら、自分自身に打ち明けるしかないのだから。大丈夫、心配ないと、壊れたレコードのように何度も何度も言い聞かせた。
あの日と同じように木々を掻き分けて進む。いつもなら道をつくる様に避けてくれている木々達も、今日は侵入者を拒むように、立ちはだかっているように感じられた。
いつもと同じ場所に秘密基地はあった。
「あれ?」
秘密基地に辿り着いて、初めに浮かんだものは疑問だった。
心なしか秘密基地が荒れている。あの雨の後、グチャグチャになってしまった状態から見れば確かにきれいにはなっているように思えたが、中途半端というか、直している最中に飽きてしまったかのような、漠然とだがそんな気がした。
あの日以来、ここには来ていない。あの日以来、雨は降っていない。だから、何があったのかは分からなかった。
「なんだろ、この感じ」
ぼそりと呟く。フラフラとしたおぼつかない足取りで秘密基地の周辺を歩き回った。けれど、その答えが見つかることは一向に無かった。
「ミル、やっと来たのか。へへっ、ぼくたち、ちゃんと秘密基地守っておいたんだ」
「ミルちゃん、待ってたよ!見て見てっ、茉莉たち頑張ったんだよ!こんなにきれいになったの!」
そんな温かな言葉は別に期待していない。期待していない、というのは嘘だけど、別にいらなかった。
「そういえば、二人がいない」
たまたま席を外しているのだろうか。そりゃそうだ。こんなところに一日中居るなんてある筈がない。たとえ彼らが孤児院から抜け出してきたとして、帰る場所が無くてここに戻ってくるとしても、食料の調達とかいろいろとしなくてはいけないだろう。
そうだ、きっとそうなのだ。
ここがこんなにも荒れてしまっている状態なのは、きっと手入れをする余裕が無かったからだろう。
きっと、すぐに帰ってくる。食料を探しに行ってるだけだから。アタシはシートの上で膝を抱えた。木々の影が少しずつ伸びていく。風が冷たくなっても、二人の足音は聴こえることはなかった。




