アタシの秘密基地
「あ、訊きそびれてたんですけど、ところで団長はなんで戻って来たんですか?たしか今拠点としてるのって、川崎の方じゃなかったんすか?」
あの騒動の後、再び仮眠を取り目を覚ました嘘真朧に思っていた疑問をぶつけてみた。
たしか最近脅威レベルが上がりつつある魔獣の調査に向かっていたはず。来年の繁忙期はかなりの混沌になると予想されるため、『嫉妬』の団長でもある、苗鳩嘘真朧が抜擢されたというわけだ。
「大丈夫、心配いらない。ぼくも仕事はちゃんとやってるつもり。プライベートはその限りじゃないけどね」
「はあ、その、お疲れ様です」
団長は人前に出るのを極端に嫌うが仕事は早く、丁寧だ。人前に出るのが苦手、というのはどうかと思うが、その辺りはさすがは団長、といったところだろうか。
「でもまあ、こういう仕事ってミルちゃん向けだと思うんだけどね。キミの異能なら人心掌握なんて自由自在でしょ?灸くんの上位互換みたいなもんだし」
「は、はぁ?いやいやいやいやっ!アタシちゃんのクソしょぼを君島くんの異能と比べるなんて、おこがましいですよっ!」
「ふーん、そうなの?」
「そうですよ!」
「そっか」
本人は隠しているつもりだが、嘘真朧は『強欲』の団長でもある君島灸に好意を持っている。だから、団長にはこう言っておかないと機嫌を拗ねるのだ。普段は加虐的なサディスト気質なのに、こういう時だけ乙女過ぎて全くもって面倒くさい。
ちなみに異能について補足すると事実でもある。アタシの異能には相手の感情を左右させる能力はあるものの確実性はなく、武器を介してしか出来ないうえに、避けられれば無能と化す。
対して君島くんの異能は敵意のみだが、有無を言わせず無理やり奪い取る。しかも、奪い取った力は自身の力として利用できる。敵対しているのに敵意が取られるんだから、喰らったら棒立ちは必至。強欲の名は伊達じゃないのだ。あと顔が怖い。あれだけで戦意の七割は削がれる。
「あ、思ったんですけど、魔獣の繁忙期って四月から夏ごろにかけてだった気がするような。随分と気が早い話なんすね」
ちなみに『嫉妬』は団というには小さすぎる規模であり、小隊というのもおこがましい。
団長が言うには団員はたったの六人だけらしい。こんなの御遊戯会のグループレベルだ。
まずは団長の苗鳩嘘真朧。変な名前、ぷぷ。ていうか画数多すぎ。こんな名前だったら、テストで毎回ハンデ背負ってるようなもんだし、アタシだったら親を恨んじゃうね。
んで、副団長とその右腕?的な人で二人。アタシちゃんは見たことも会った事も無い。『嫉妬』自体、ゴリゴリの戦闘系っていうよりは、情報収集や分析みたいな隠密を主とする集まりだから、ってこともあるかもしれない。
たぶん、アタシが知らないように、相手側もアタシちゃんのことは知らないだろう。
お次はアタシちゃん、宝城ミル。可愛いうえに天才だ。いつかは名前に恥じない、お宝の城を築き上げてやるからな!
あとは執音くん。そして茉莉ちゃん。可愛いアタシの子分だ。
ふたりとも孤児院の出自で、しかも院内の暴力に耐えかねて逃げ出した。だから、名前は在っても苗字は無い。いや、不自由ってことで孤児院では付けてもらえたみたいだけど、それは仮初の形。だから在っても無いものとして扱っているらしい。
理由はアタシには分からない。たぶん、その付けられたその苗字に嫌な思い出が在るとか、そんなことだろうとは思うけれど、仮にそう思っていたとしても、本人の口から話すまでは絶対に干渉しないと決めている。
だって、古傷とか抉られるの誰でも嫌じゃん?アタシちゃんも――そうだし。
二人ともアタシより年下だけど、本当の苗字も分からないって言うことは、辛い人生を歩んできているってことでもある。物心ついた時には親が亡くなったか、それとも捨てられたか。真相は定かじゃない。
それを思うと、アタシはやっぱり恵まれてたんだろうなあって、ときどき思う。
「いたぁ。何で、アタシばっかり」
小学校六年生に上がったばかりのミルにとって、頭を小突かれるのは日常茶飯事だった。家庭や学校、どこにいても自分だけが理不尽な扱いを受けている、という思いが募り、心の奥底に不満と云う名の芽を出した。それは悔し涙と云う栄養を糧に、次第に蕾を開き、醜い花を広げる。
週の習い事には休むことなく通い続けた。勉強も運動も人並みに、いや、単純な成績順でいえば上位に位置していた。
けれど、それで誰かに褒めてもらえるわけではない。当たり前は当たり前。出来て当然、普通以上にこなして当然。そう言わんばかりに、少しでも気の緩みが見えれば“コツン”と頭を小突かれた。始めは褒められ、次は期待され、出来ないと落胆された。
「アタシだって頑張ってるのに」
誰かに向けて放った言葉ではない。傷ついた自分自身を慰めるだけの言葉。
そんな弱音を呟きながらも彼女は反抗することなく、ただ小さな肩をすくめて、いつもの“秘密基地”へと向かう。その場所だけが、親や友だちに理解してもらえないミルにとっての唯一の逃げ場だった。
古びた公園の裏手。子供一人がギリギリ通れるほどの破れたフェンスを潜り抜け、木々を掻き分けて進む。ここはアタシだけが知っている秘密の抜け道だ。だからだろうか。行く手を阻む木々すらも、アタシが通るために道を開けてくれているような気がした。
生い茂る緑を避け、太陽の光が一条差し込むのは小さなお城。
実体は崩れかけた木製のボロ小屋。大人たちからは見向きもされない、そんな場所にミルはいつも足を運んでいた。内部は彼女が拾い集めたもので飾られており、使い古しのクッション、高価そうな鏡、いらないと捨てられた漫画雑誌などが無造作に置かれていた。
ここは誰にも邪魔されない、彼女だけの世界だった。
ミルは小屋の中に入ると、ぐったりとクッションに倒れ込んだ。
「はぁ。何でアタシばっかり」
無意識に口から漏れる弱音。それは幾度となく繰り返される。誰もいない場所だからこそ、彼女は本当の自分をさらけ出すことができたが、ミル自身も本当の自分がどこに居るのか分からない状態だった。




