真夜中の侵入者騒ぎ4
赤い液体の正体を探るため、薄暗い廊下に足を踏み出したミルたちは、慎重に周囲を見渡しながら進んでいく。手にしたアンティーク時計をギュッと握りしめ、冷や汗をかきながら、耳を澄ませていた。
後ろからついてくる嘘真朧は、ミルの怯えた姿に呆れつつも、特に口出しをすることはない。ポケットから取り出した棒付きキャンディーを口に咥え、ただフードを深く被ったまま、静かに様子を見守っていた。
「ほんとにいるのかなぁ。侵入者なんて」
ミルは小声でぼやく。
「あの赤い液体見たでしょ?それに警報が鳴ってたんだから、可能性はあるわよ。気を抜かないで」
嘘真朧は淡々と答えた。しかし、その声にはどこか余裕があり、むしろどこかこの状況を楽しんでいるようにも感じられる。
「ぅぅ、そんなこと言われても怖いものは怖いんだよぉ……!だ、団長は怖くないの?」
「別に。だって、ぼくにはミルちゃんがいるから」
「うっ。こんな時だけ卑怯だよぅ」
とは言いつつも頼りにしてくれていることも事実。それに見返すチャンスであることにも変わりはない。ミルのアンティーク時計を握りしめる手に力が籠る。
そろりそろり、地面の罅を確かめるかの如く一歩ずつ。そして、ついに何度か角を曲がりつつも、廊下の先にある曲がり角の手前の扉で立ち止まる。
「あれ、アタシたち何回曲がったっけ?」
「左に一、二……四回よ」
「ってことは、一周してきただけ?ここってさっきの部屋だよね。なんか、ちっさいけど音がする気がする」
「うん、確かに。聴こえるね」
嘘真朧も足を止め、フード越しに手を当てて耳を澄ます仕草をする。微かではあるが、かすれたような音――何かが擦れるような音が聴こえるのだ。
「侵入者っ!だよねこれ!団長っ!」
ミルは小声で叫びそうになりながら、体を震わせる。
「侵入者ねえ。仮にそうだとして。さて、どうしよっか、ミルちゃん?」
嘘真朧は小悪魔の様ににやりと八重歯を覗かせながら、まるでクイズを出すかのような口調で尋ねる。
「ど、どうするって。えっと、うーん」
ミルは考え込むが、その間にも音は徐々に大きくなっているように感じられる。
「早く決めなよ。ここで待ち伏せる?それとも突っ込む?」
「えぇぇぇ!?なんでアタシが決めるのぉ!団長がリーダーなんだから、団長が決めてよぉ!」
「リーダーっていうのはね、部下に考えさせることで成長を促すものなの」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
「ほら、ひとまず扉、開けて?」
ミルはドアノブに手を掛け、音を立てないよう細心の注意を払いつつ、おそるおそると開く。しかし、暗がりの室内には何もいない。というより、暗すぎてよく視えない。
スマホのライトで照らすことも考えたが、相手から発見される可能性を考慮して使用を諦めた。
ゆっくりと歩を進めるが、人影らしきものは見当たらない。
「い、いないですよぉ。だんちょぉ。だれもいません」
小声で嘘真朧に声を掛けようとしたが、すぐ隣に付いてきていると思っていた彼女は入口で待機していた。
「ちょっ!?」
「み、ミルちゃん!何かいるっ!」
嘘真朧が慌てるような声を出し、ミルの後方に位置する物陰を指差す。
「へ?」と間抜けな声を出し彼女が振り返ると、先ほどの音がいつの間にか近くまで迫ってきていたのだ。次の瞬間、曲がり角の向こうから、黒に縁どられた影が視えた。
「ぎゃ、ギャあぁぁあぁッ!!」
ミルは目を瞑り叫び声を上げながら、持っていたアンティーク時計を勢いよく押し付けるように振り下ろした。
「あ!ちょっ、待っ――」
嘘真朧が止める間もなく、アンティーク時計は件の影へと寸分狂いもなく命中する。影の主は叫び声に反応することもなく、避けるという素振りすら見せなかった。
そう、ミルが振り下ろした先から聴こえたのは、意外にもガシャンという金属音だった。
「えっ?は?」
ミルは恐る恐るアンティーク時計を振り下ろした場所を見つめる。そこにあったのは、部屋にあるほこりを感知し、自動で稼働する掃除ロボットだった。
ミルは呆然としながら、壊れたロボットを見つめる。
「……お掃除ロボ?」
嘘真朧は、ため息をつきながら近寄り、その場にしゃがみ込む。
「……ミルちゃん。これ、ここで管理されてる掃除ロボットってこと、知ってるよね?後で確認するけど、たぶん、さっきの赤い液体は血液なんかじゃなくて、ワインボトルが何かの拍子にたまたま割れてしまったんじゃないかしら?」
「あ、あはは。マジすか」
「掃除ロボット、高いんだけど」
「あぅ。ご、ごめんなさいぃぃぃ!」
ミルはその場に崩れ落ちながら、その流れで地面に額をこすりつけて、姿勢の良い土下座をし謝罪した。
「まったく。まぁ、いいわ。侵入者じゃないなら、それでよし」
嘘真朧は中央が大きくへこんで壊れてしまったロボットに近づくと、残骸を軽く蹴り端へと追いやった。
「ただ、壊した分は給料から天引きね」
「えぇぇぇぇ!?そ、そんなぁ!」
「文句ある?」
嘘真朧は、にっこりと笑いながらミルを見下ろした。その笑顔は、どこか笑顔を作りつつも、絶対に反論を許さないという冷淡さを、これ以上ないぐらいに含んでいた。
「……ないです」
慈悲無きところに是非も無い。ミルは涙目で答えた。
こうして、真夜中の侵入者騒ぎは幕を閉じた。掃除ロボットの犠牲とミルの給料カットという形で。




