真夜中の侵入者騒ぎ3
「うわっ、来たぁぁぁ!!」
彼女は咄嗟にアンティーク時計を振り上げるも、あろうことか相手に背を向けながら、目をぎゅっと瞑ったまま大きな声を出した。面と向かってならいざ知らず、おばけや正体不明の相手には強く出れないのである。
(な、なにやってんのぉ~アタシちゃん!?これじゃあ「アタシ何も見てませんので。どうぞ背中からブスリといってください♪」って言ってるようなもんじゃんか~!?)
完全にやってしまった。そう思った。
しかし次の瞬間、室内の灯りが点り、聞き覚えのある冷めきった声が後方から耳に届く。
「なにやってんの、ミルちゃん?ウケる」
その声にハッと振り返り目を開けると、そこに立っていたのは寝ぼけ眼の嘘真朧だった。フードを深く被りながら、彼女はミルを見下ろし、不機嫌そうに眉をひそめている。
「だ、団長!?え、ちょっと待って、なんでここに!?寝てたんじゃ……!」
「警報音がうるさくて起きちゃったんだけど。それより、この状況を説明してくれる?」
目を擦り、扉をよく見ると寝室へと続く扉だった。どうやら灯りを消して辺りを走り回っているうちに、方向感覚がズレてしまっていたようだ。
嘘真朧は顎を軽く上げ、スマホ画面の赤い警告表示とミルが握りしめているアンティーク時計を交互に見て、微かにため息をついた。
「いや、あの、その、なんというか侵入者。敵が、いるかも、しれなくて、ですね?」
「ふぅんそう。敵ねぇ。で、その置き時計で戦うつもりだったの?」
「そ、そうです!アタシちゃん、団長を守るために!って、ああいや!この時計はですね!?他に武器になるものが無くて、咄嗟にというかなんというか!ひぃいいぃ!腹パンはやめてっ!」
嘘真朧の私物を持ち出したことに気づいたミルが両目を瞑り縮こまる。その慌てふためく姿を見て嘘真朧はクスリと笑った。その笑みには少しだけ呆れと安心が混じっているように見える。
「まぁ、いいよ。別のその時計可愛かったから買っただけだし、高価なものじゃないから。とりあえず、一緒に確認するわよ。侵入者が本当にいるのかどうか、ね」
「へっ?団長、行ってくれるの?」
「当たり前でしょ。ぼくの部屋なんだから」
そう言うと、不敵な笑みを浮かべながら嘘真朧はフードを深く被り直し、ミルに軽く手を振った。
「行くよ、ミルちゃん」
「あ、アタシちゃん、そろそろ帰らないと。お母さんがお家で暖かいご飯作って待ってるから」
「大丈夫、キミのお母様にはぼくが連絡取っておいてあげるから」
「うぅうぅ~!」
そういえば、うちのお母さんと団長は、頻繁に連絡取り合うぐらい仲がいいんだっけ。なんだよその関係性ー。
「ほらほら、なに突っ立ってんの。キミが先導して」
「えぇぇぇ!?先に行くのアタシなの!?団長がいるんだから、団長が先でしょぉ!」
「……さっき、自分が守るって言ってたよね?」
「ぐぬぅぅ……!」
反論できないミルは、不承不承ながらもアンティーク時計(安物)を握り直し、一歩ずつ扉の向こうへ進み始めた。背後から嘘真朧の冷静な足音が響く中、ミルの心臓はバクバクと音を立てていた。
「侵入者なんていないでくださいよぉ。ほんと、マジで。後生ですからぁ……!」
小鹿のようにプルプルと震える彼女の小さな肩を嘘真朧が後ろから軽く叩いた。その手は意外と温かかったが、ミルにとっては一切の安心感をもたらさなかった。
「うるさい。マッサージ器みたいに震えてないで進みなよ、ミルちゃん」
「進むのが怖いから震えてるんですよぉぉぉ!」
涙目で振り返るミルを、嘘真朧は無表情のまま見下した。その表情が無慈悲すぎて、ミルは再び正面を向き直し、仕方なく廊下の奥に足を踏み出した。
「よしっ、とりあえず安全確認!い、いない!嘘真朧団長!侵入者はいません!」
廊下を見渡しながら言うミルだが、嘘真朧は後ろで腕を組み、冷静に言い放った。
「そんな焦って見た程度じゃ、侵入者がいるかどうかわからないでしょ」
「わかります!ビューティミルちゃんの“危険察知センサー”が反応してないんで!」
「ふぅん。そのビューティーなんちゃらセンサー、さっきぼくが入って来た時、気づけなかったよね?」
「そ、それは!団長が陰キャすぎるのが問題なんですよ!普通の人間よりもそれはもうっ、存在感がめちゃくちゃ希薄なんですから!ほんとっ!消しカスレベルでね!」
言い訳を始めるミルだが、嘘真朧はそれを無視して、前方をじっと見据えた。
「しっかりその可愛い両目を見開いて視ておいたほうがいいわよ。侵入者は、意外と普通に視えるものだから」
「え、どういうことすかそれ!?意味深すぎてもう怖いんですけど!やっぱ団長が先行ってくださいよぉ!」
再度振り返るが願いが聞き入れられることは叶わない。
ミルの心臓は今にも飛び出しそうだったが、それでも彼女はなんとか廊下を進む。足音だけが静まり返った空間に響き、廊下の奥にある重い扉が徐々に視えてきた。
「あの扉、閉まってるよね?」
ミルが確認するように訊く。
「そうだね、閉まってるね」
「よ、よかったぁ!じゃあ侵入者はいないってことですよね!?」
「それはわからない。扉の向こうにいるかもしれないじゃない」
「お、お願いです!やっぱり団長が先に行ってくださいよぉ!」
「ダメ」
「にゅうぅぅ……!」
変な唸り声をあげてミルは渋々ながら扉の手前まで進むと、息を呑んだ。そして、そっと耳を扉に近づけてみる。
「無音、ですね」
「うん」
「ってことは、やっぱり安全じゃないですか?」
「無音だからって、安全だとは限らない」
嘘真朧は冷静に言うと、無造作にポケットからカードキーを取り出し、ミルの手に押し付けた。
「はい、これで開けて」
「えぇぇぇぇ!?なんでアタシちゃん!?」
「キミが侵入者を倒して有能だって証明したいんでしょ?」
「そんなこと言ってないです!」
その後も色々と言い返すものの、嘘真朧の無言の圧に押され、仕方なくミルはカードキーをカードリーダーに翳した。
「ピッ」という音が鳴り、扉が重々しく動き始める。
「開きますよぉ!開きますよぉ!怖いのいますよぉ!」
ミルは目をぎゅっと閉じたまましれっと後ろに下がろうとするが、嘘真朧に肩を掴まれて引き止められた。
「最後まで責任持ちなさい」
「いやぁぁぁぁ!」
扉が完全に開いた先には――
「……あれ?」
ミルが恐る恐る目を開けると、そこには侵入者らしき人物はおらず、静まり返った薄暗い空間だけが広がっていた。
「いない?ホントにいない?マジで?」
ミルが恐る恐る部屋の中に忍び足で踏み入れると、嘘真朧も後に続く。彼女は慎重に周囲を見回しながら、震える手でスマホのライトを点けた。
「どうやら誤報だったみたいね」
「そ、そうですよね!誤報ですよね!もう、びっくりしたぁ!」
安心して脱力してしまったのか、ミルはへなへなと力無くその場にへたり込む。
「ったく、センサー買い替えたほうが良いんじゃないですか?ここ、ただでさえ人少ないんですし、もうちょっと防犯に気を遣ってもいいと思いますけどー」
しかし嘘真朧は答えない。いつもなら「はいはい、また今度ねと」あしらってくるタイミングなのだが、彼女は微動だにせずある一点を睨み続けていた。
その様子を怪訝に思いミルは彼女のもとに近づき、その方向へと目を向ける。
「ミルちゃん」
「は、はい?何ですか?」
「これ、見て」
嘘真朧が指差した先には――
床にべったりと付着した、赤い液体の跡があった。
「これって、もしかして……」
ミルの顔がブルーベリーの如く青ざめる。
「うん、どうやら侵入者はいたみたいね」
嘘真朧はその赤い跡をじっと見つめながら、不敵な笑みを浮かべた。
「ミルちゃん」
「は、はいぃぃぃ!!」
「これからが本番ね。ほら、頑張れ♪ファイトだよ♡」
嘘真朧の励ましながらも馬鹿にしたような声が、ミルの背筋を再び凍らせたのだった。




