苗鳩嘘真朧
「そ、その実は、ガチャをデスネ。引きまして」
「ガチャ?ガチャって千円入れてオモチャが出てくるあのガチャ?」
「い、いえ、違いますっ!あ、いや、違いまわせないんですが、違います」
意味が通じなさそうな日本語で慌てて訂正するミル。観念したとはいえ、相当に焦っているであろう様子が窺えた。
「アタシのいうガチャは、その、スマホのやつです。どうしても欲しいキャラがいまして」
「なんだ、そんなこと。どうせお目当てのキャラが出なかった、とかいうくだらない理由でしょ?そんな下らない事で一喜一憂なんてバカみたい」
少女は下らないと片手を振る。スマホではもっぱらSNSしか触ることのない少女にとって、いわゆるソシャゲのガチャというモノには全く知識を持ち合わせていなかった。
そのSNSですら、情報漏洩を防止するために地区ごとに区切られた通信環境により、ほとんど機能しているとは言えない状態であるのだから、なおさらである。
「あ、いえ、出るには出たんです。ハイ」
「ん?じゃあ何でそんなに落ち込んでるの?」
「そのデスネ。ひじょーに言いにくい事なんですが、一度完凸を経験すると完凸するって選択がアタシちゃんの中に入り込むというか」
「よく分からないんだけど」
「つまるところデスネ。リボで払って、マジで、ガチで、やばい、状態なんです。だからその、団長様のお金を少し、拝借したという感じで。あーうー、頭抱えても解決しないので頭抱え続けてました。あーどこかに一億円落ちてないかな。大企業のドラ息子が一目惚れしてくれないかな」
日本語がいよいよおかしくなってきた。知識に疎い少女もさすがにどういう状況にあるのか察し、よりいっそう憐みの眼差しで見下した。
「お金、後で返してね。はあ、もういいよ。キミが何処にも行く当てがないからって可哀想だから、ぼくのところにおいてあげたのに。使えないだけじゃなくて、面倒事まで持ち込んでくるなんてね」
「その、はい。すみません」
仕事をさぼるに飽き足らず、他人の、それも役職上、上司でもある団長のお金に手を付けたとあっては何も言い返せない。
ミルの脳内では、あんな分かり易いところに現金でお金を置いておく方が悪いんだと、自分勝手すぎる暴論が渦巻いていたが、そんなことは口が裂けても言えるはずがない。言ってしまえば文字通り、口が裂けるほどに痛い目に遭うことは目に視えているからだ。
「解雇。も考えないとねえ。ぼくの部下、っていうかは我が団のメンバーはキミを含めて五人しかいないし、他の四人も正直有能ってわけじゃない。けど、部屋の隅で蠢いているだけのキミと違ってちゃーんと仕事をしてくれている」
「お、お言葉ですけどっ!後の五人ってその中に茉莉ちゃんと執音くんいますよねっ!その二人はアタシちゃんが連れてきた、いわゆればアタシの部下なので!アタシちゃんをクビにするなら、二人のことも持ってっちゃいますからね!」
声高々にそう言い放ち、腰に手を当てて無い胸をドドンと逸らす。
「はぁ。ふぅん。それがキミの言い分」
こめかみを抑え込み、思案するように目線を傾けるが、フードの影と薄暗い室内のせいでミルからは彼女の表情をうかがい知ることは出来ない。ただ、唯一視える口元が不敵に笑っていることだけが、ミルの不安を煽り続けていた。
黒の少女。名を苗鳩嘘真朧。真実と嘘が混じる、はっきりとしない朧げで嘘みたいな名前だが、もちろん本名ではない。嘘真朧という名前も彼女自身が自称しているだけで、本名は彼女自身しか知らないようだ。
大きめのサイズの袖無し犬耳パーカーのフードを被り、その上からこれまた大きめのサイズのジャケットを着崩している。フードやジャケットにはアクセサリや缶バッチがたくさん付けられており、独特のファッションセンスが光っている。
その他、刺青や、アクセサリーには派手な色や形のものが多く、缶バッチにも様々なデザインが施されているが、どれも意味不明な言葉やシンボルが描かれており、一見すると何を表しているのか分からないものばかりだ。
「へぇ、脅すんだ。ここにきて?恩を仇で返すってこういうことなんだね。ぼく、勉強になったよ。ありがとね、ミル」
笑顔でありがとうと言いつつも、その表情は鬼気迫る何かを感じさせる。目は笑っていても間違いなく怒っているのが傍からでも見てとれた。
「あ、いえ、ゴメンなさい。アタシちゃん調子こいてました」
どこまでも空気の読めないミルだったが、嘘真朧の不敵な表情、そして普段誰に対しても“くん”や“ちゃん”付けをする彼女が呼び捨てをしたのを見て、さすがにヤバいと感じたのか、手のひらを返すように平謝りに切り替えるのだった。




