サボり魔ミル
人の気配が消えた無人の空間に、冷え切った地面をコツコツと、ヒールが叩く音が一定間隔で響き渡る。
「……」
ヒールの主は大き目のフードを深く被り、無感情の仮面を被ったまま、足を止めることなくひたすらに前を見据え、真っ直ぐに進んでいく。周囲には灯りさえもなく、薄暗い空間が続いている。まるでこの洒落っ気も何もない空間そのものが、彼女の世界の全てかの如く、冷たく無機質な空気を漂わせていた。
黒に包まれた彼女は重々しく鎮座する扉の前に立つ。
立ち止まることにより途絶えたヒールの音さえも闇に飲み込まれ、真の静寂が辺りを包み込む。
少女は無言のままを貫き、ポーチの中から一枚のカードを取り出すと、流れるような動作で備え付けられているカードリーダーに翳す。
ピ、と小さな音がした後、電子仕掛けの扉がひとりでに開く。
中には同じように無機質な黒塗りの長い通路が続いていた。しかし、そのまま進むことは止め、少女は脇に逸れると先ほどと同じようにカードを翳す。少女の翳した場所は何の変哲もない黒塗りの壁。何も知らない他の人間が見れば、さぞや滑稽に映ることだろう。
ピ、と再度音が鳴り、地下へと続く階段が現れる。どうやら、関係者のみの出入りが許されている、秘密扉のようだった。
地下へと続く階段には同じく灯りは一つもない。再び静寂の闇を突き破り、コツコツと階下へと降りる靴音を奏でる。狭い空間故より一層辺りにその音は響き渡る。その靴音が耳障りに感じ、少女は僅かに眉を顰めた。
階段を下り終え通路を少し歩くと、三度、扉が現れる。しかし、これまでの無機質な扉とは違い、様々な意匠が彫られた、お洒落といっても差し支えないものだった。いわゆるゴシック&ロリータ調というやつだ。
少女の口元が不意に吊り上がる。躊躇もなく観音開きの扉のドアノブに両手を掛け、一気に引いた。
扉が開くと同時に、冷たく無機質だった空間に微かな動きが生まれる。わずかに漏れ出る光が、黒い衣装に包まれた少女のシルエットをぼんやりと浮かび上がらせた。
「ふ、ふふふっ♪あはははははっ!うふふ、あははっ♪」
途端に堰を切るように笑いだす少女。それは脳裏に浮かぶ、愛しい彼の顔。 あるいは、先ほどまで眺めていたメッセージの履歴か。誰に向けられるでもなく、誰に迎え入れられるでもなく、少女は何がおかしいのか、楽し気に笑い続ける。
「ははは――あ?」
ある種、夢心地ともいえるような嬉々とした笑顔で笑い続ける少女。しかし、ようやく何かが部屋に踏み入れている事に気がついたのか、部屋の隅でもぞもぞと蠢く何かに目をやると、スイッチを切り替えたかの如く、現実に引き戻され無表情へと戻る。
その蠢いている黒い袋?のようなものに迷うことなく近寄ると、ゲシッゲシ、とヒールの踵で躊躇なく踏みつける。
「ぎゃアァッ!?痛いッ!いだいぃいぃっ!」
袋の中から悲痛な叫びが聴こえたと思ったら、その声の主は這い出るように姿を現す。中から出てきたのは、黒の少女よりも一回り小さく幼い少女だった。
「いったぁー!急に何するのさ!ふつう、袋の中を確かめようともせずにいきなり蹴る奴があるか!このバカチンがァー!って、だだだだ、団長ぉ!?」
急に蹴りつけられたことに憤慨し憤るのだが、少女はそんな彼女を冷ややかな目で見下ろし、再びヒールを地面に響かせながらゆっくりと近づいていく。
まるで逃げ場などないと確信しているかのように、ゆったりとした足取りで、焦る様子も見せずに。
「あ、いや、その。だんちょ。えっと、これはーデスネー」
「何してたの、ミルちゃん?」
ミルと呼ばれた少女は蹴られた頭を押さえながら黒の少女に向き直る。ぱっと見外見はかなり幼く、服装も薄紫の柄パーカーに、缶バッジやアクセサリーでアレンジを加えた、若向きのファッションがそれを際立たせる。首元には皮のチョーカー、薄い水色の髪を十字架や蝙蝠のヘアゴムでサイドテールに結っている。
ミルは人差し指を合わせながら顔を俯かせ、視線をあちらこちらとさまよわせていた。その表情はどこかバツが悪そうで、何か言い訳を考えている様子が窺える。
唇をかすかに噛みながら、彼女はしばらく言葉を探していたが、結局しどろもどろな声で答えた。




