病院への帰り道
風太が目を覚ましてから一週間が経とうとしていた。
外傷自体は目を覚ました時点で完全に完治しており、状態だけを見るのであれば、退院をしても何ら問題ないレベルではあったのだが、失った体組織を再構築するという形で再生する燈の異能は、修復時に軽い倦怠感や不調を訴えることが多いということで、術後一週間の安静と軽い検査やリハビリを行うこととなった。
「ようやく一週間か。もう、退院しても問題ないんだよな?」
「はい、経過も良好ですし、リハビリも完璧でしたから。もちろん問題ないですよ。これまでお疲れ様でした。そして引き留めてしまって申し訳ありませんでした」
「いや、オレのことを考えてだろ。なら、何も言えねえよ。ありがとな、結城センセイ」
風太は当初、そんなものはどうでもいい、さっさと退院させろ。と一点を貫いていたが、燈が土下座までしてでも頼み込むことを止めなかったため、仕方がなく折れることにしたのだ。
「んーんーんー、あたしはよく分かんないなあ」
「ちずちず、何がですか?」
「悪いことをしたから謝らないといけない。っていうのは解るよ。けど、今そのことを反省して頑張ってるんだから、あんなに落ち込まなくてもいいのになって」
「んー、そうですねえ。まあ、たしかに落ち込んでいても誰も得しないですからね。ちずちずの言うこともたぶん正解です。けど、そんなに簡単な事ではないと思いますよ?」
「え?どうして、アリィちゃん」
千寿流はその場に立ち止まり、アリシアの方に顔を向ける。
「生きること自体が辛い。そんな人もいるんですよ。境遇は違っても誰にだって悲しいことの一つや二つあるものです。そんな時、今まで美味しかったご飯がちょっぴり美味しくなくなってしまうんです」
「あ」
その言葉に思い当たるのはあの日。星一朗が亡くなった日だった。胸が張り裂けそうになって、いろいろな感情が綯交ぜになって、ぎゅうっと心を絞めつけた。ご飯も、美味しくなかった。
「あの燈という人は、その期間が少し長引いているだけなんですよ。だからあの人もまだリハビリ中なんでしょうね、きっと」
アリシアは青空に目を向けて遠い目をしながらそう呟く。
千寿流もそれに釣られるように空へと目を向ける。一面に広がる青いキャンバスに小さな鳥が数羽、羽ばたいていく。千寿流はその行く先はどこかと目で追いかける。
「ねえ、アリィちゃん。あたしたちが燈ちゃんにしてあげられることって何かないかな?」
アリシアはキョトンと眼を丸くする。少しの間の後、顎に人差し指を付け考える仕草をする。
「そうですねー。うーん、難しい質問ですけど、わたしたちにしてあげられることが何かあるとするのなら、それはきっと『何もしない』ことでしょうね」
「何もしない?」
「風太も言っていたでしょう。わたしたちは当事者じゃないですから。それに彼はもう前を向いて歩き始めていますよ。だから、大丈夫です」
アリシアは振り返った千寿流に笑顔でそう言った。彼の憂いに満ちた表情を見た限り、歩き始めたといってもまだまだ苦悩は多そうだ。
きっとこの先も悩み葛藤していくのだろう。けど、もう彼は一人ではない。工藤風花という友人が、レギオンに入ったのであれば組織が彼を支えてくれるはずだ。
「……そっか。うん、そうだよね」
千寿流は納得したように何度も頷く。辛くて挫けそうなときに支えてくれる友だちの存在。そのことを身に染みて理解している彼女は、なんども反芻するように頷き返す。
「あ、じゃあさ、今日は風ちゃんのために美味しいお料理買っていってあげよ!」
「お、いいですねー!風太の好みといえばラーメンかピザですかね?どっちがいいと思います?」
「うーん。どっちかわかんないから、二つとも買っていってあげよ!」
意気揚々と近くのラーメン屋とピザ屋に立ち寄り、テイクアウトを注文すると、その足で風太が待っている、レギオン管下の病院へと向かうことにした――のだが、早めに買い過ぎたせいか病院に着くころには、アツアツの料理はどちらも冷めきってしまうのだった。




