【閑話】ウサギのぬいぐるみ
300話記念の閑話になります!
これからもよろしくお願いします!
「ぬいぐるみが欲しいっ!」
「わっ、いきなりどうしたんですか。びっくりしちゃいましたよ」
「あ、ごめん」
先日、千寿流は夕飯の献立の為に近くのスーパーに向かって歩いていたのだが、タイムセールの時間も間近ということもあり、時間を潰すため道のりにあるショッピングモールにふらっと立ち寄ってしまったのだ。
そして、その通りにある雑貨店で見つけてしまった。
ショーウインドウの向こう側、可愛さの権化と言ってもよいほど愛らしい造形。それは花飾りのついた帽子を被ったウサギのぬいぐるみ。丸い目はつぶらで輝き、ふわふわの毛並みは柔らかな白い雲のよう。ほんのりピンク色のほっぺが愛らしく、千寿流の心をつま先から丁寧にくすぐった。
柔らかそう、温かそう、今すぐ抱きしめて頬ずりしてみたい。そんな衝動に駆られては目を凝らし、焦がれ見つめ続ける。
(名前は、うん。何が良いかな?)
実際にお迎えできた時のことを妄想し、頭の中で名前を考えてみる。
(うーん、白くて、温かそうで、ふわふわしてるから『みるく』ちゃん!うん、これで決まり!)
名前を付けるとより一層愛着がわいた。なぜならば、名を付けた瞬間から、どこにでもある『ぬいぐるみ』から自分だけの『みるく』になったから。
タイムセールの時間までもう間近。しかし、こんなところで立ち尽くしている暇はないと、頭では解っていても、何を考えようとも頭の中が『みるく』という存在で埋め尽くされる。
こうなったらもう居ても立ってもいられない。こんなに可愛いのだからみんなも欲しくなるに決まっている。早く買わないと売り切れてしまうだろう。一刻を争うのだ。
だから焦る。なぜなら、手持ちのお小遣いでは全くもって足りないからだ。何度も数えてみるけれど、悲しいことに半分も届かない。
今の千寿流にとって、頼るべくは一人しかいない。千寿流はタイムセールのことなどすっぽり頭から抜け落ち、急いでアリシアのもとに相談をしに行くのだった。
「へ?ってことは夕食の食材については?」
「ごめん、買い忘れちゃった」
言葉もなく膝から崩れ落ち大げさに頭を抱えるアリシア。そんな大げさだなあと思いつつも、夕飯を楽しみにしていてくれたアリシアに対して、申し訳なさを感じる千寿流。けれどまだ子供の彼女は自分自身の欲望に勝つことは出来ず――
「で、どうかな、アリィちゃん」
ここぞとばかりに上目遣いを披露する千寿流。味を占めたわけではないものの、旅の道中、お願いする時にはこうしたほうが良いということを本能的に理解していた彼女の顔は、きっと小悪魔のようだったに違いない。
顔を上げて飛び込んでくる千寿流の可愛らしい上目遣いに、アリシアは一瞬たじろぐ。目の前で、まるで子猫のようにおねだりしている千寿流の姿に、哀しみや落胆の気持ちが一気に和らいでいくのを感じてしまうのだ。
「ず、ずるいですよ、ちずちずぅ」
「へ?」
当の本人は何がずるいのか理解できていない様子で、頭を傾げて見せた。天然さを含んだその表情はあざといという他ないだろう。
「いいですよ、お買い物って一期一会ですからね!後でいいやと買えなかった後悔は、身に染みて実感してますし。太っ腹なこのわたし、アリシア・フェルメールが買ってあげますよ!」
太っ腹?アリィちゃんはちょっぴりぽっちゃりしてると思うけど、太っ腹ってほど太くないと思うけどな。
うん、いつもいっぱい食べてるし、少しは気にしたほうが良いとは思うけど、食べてるときのアリィちゃん、すっごく幸せそうなお顔だし。
「む、ちずちずなんですか、その何とも言えないような表情は?」
「あ、ううん!すっごく嬉しい!じゃあっ」
「行きましょうか!」
部屋に帰ると、千寿流はみるくを傍に座らせて、話しかけたり、ぎゅっと抱きしめたりして過ごすようになった。ふとした瞬間に視線を感じるたび、みるくがそっと見守ってくれているようで、千寿流の心は不思議な安心感で満たされていった。
(ふふふ、ちょっぴり高い買い物でしたが、こう喜んでくれると買ってあげた甲斐がありましたね)
その傍で同じく優しそうな眼差しで千寿流を眺めるアリシア。彼女も初めはただのぬいぐるみという認識だったものの、魔獣が蔓延る殺伐とした日常に笑顔をもたらしてくれるみるくの存在に、ほんの少し笑みが零れてしまうのだった。




