結城燈2
致命傷を負った者しか助けられない。その致命傷を負った者が自分自身とは皮肉な話だが、本来であれば傷ついた誰かを助けるための力であるべきだ。
だから、この力を持った者は誰かを助けるという義務が課せられるべきだと思う。けど、俺はそれを怠ったのだ。きっと神様というヤツはどこかからいつも視ていて、こうして俺の行いを是正してくれたのだろう。
俺は傷ついた自分自身に異能を使おうとした。こんなくだらないことを今まで繰り返してきたのかと思うと、面白くも無いのに笑みが零れた。
(バカが。何笑ってるんだ俺は)
俺は消えかかる意識をしっかりと保ちながら異能に集中する。けど、いくら異能を行使し続けても一向に傷が塞がる気配はない。
「あ、れ。なん、で」
もしかして、致命傷ではない?
いや、腕も歯も折れて、片目もたぶん潰れてる。視力は恐らく戻らない。足なんて両方外された。喋ろうとすれば全身に痛みが駆け抜ける。これは俺個人の経験則、肌感でしかないが、条件は間違いなく満たしているはずだ。
まだ贖罪が足らないっていうのか?
なら、もう自分で自分自身を痛めつけるしかない。けど、満足に身体を動かせない状態で、これ以上どうしろというのか。
治れ。何で治らない。
治れ。何で治らない。
治れ。何で治らない。
治れ。何で治らない。
辛うじて折れていない右腕で何度も自身を痛めつける。けれど何度繰り返しても駄目だった。
「え!お兄さん、すごい怪我!」
「?」
その声に視線を向ける。そこにはまだあどけなさが残る、学生服を着た童顔の少女が立っていた。
「大変!すぐに救急車呼びますね!」
「だ、いじょう……ぶだ。そんな、呼ば……なくて……も」
「ううん!大丈夫ですよ!あたしの知り合いですから!」
「ぇ?」
その後、救急車に運ばれた先で俺は一命を取り留めた。いや、取り留めてしまったというべきか。正直、いっそあのまま死んでしまったほうが、この世界の為だったのかもしれない。
部屋の中、独りきりになった時、犯した罪のことを拾い集めれば、きっと俺は気が気でいられなくなるだろうから。
「助けていただいて、ありがとう、ございます」
病院の一室。目を覚ました俺は、助かってしまったという罪悪感に苛まれながら、目の前で花を差し替えている少女に声をかける。時刻は十七時過ぎ、少女の姿は学生服。もしかして学校の帰りにこうして見舞いに来てくれているのだろうか。
「あ、目覚ましたんですね。良かったです。あ、それと敬語なんていいですよ?お兄さん、あたしより年上みたいですし。じゃあ、ご両親に連絡入れますね!息子さんが目を覚ましたって」
「いや、待ってください。連絡は入れないで、その、ほしい」
「ん?」
少女は一瞬、不思議そうに首をかしげてから優しく微笑んだ。その笑顔が妙に温かく感じられて、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
「大丈夫ですよ、お兄さん。きっとご両親も心配してると思いますし、それに、身近な誰かに頼るってことは、たぶん悪いことじゃないです」
「違う。そうじゃないんだ。そうじゃない」
「……わかりました。あんな大怪我だったんです。まだ、気持ちの整理にも時間が必要ってことですよね。了解です!お兄さんのタイミングに任せます。あ、でも、忙しくても週末には顔を出すと言ってましたよ?」
「分かった。ありがとう。君、えっと、名前は?」
「工藤風花です。ぜひ、下の名前で風花って呼んでくださいっ」
風花と名乗る少女はまるで太陽のような笑顔で微笑んだ。その笑顔は眩しいほどに純粋で、俺の中に押し寄せる罪悪感や後悔を、より一層に責め立てるような気がして、さらに落ち込んだ。
だから、俺は両親に別れを告げることなく、病院を後にすることに決めた。もちろん、俺を救ってくれた、あの太陽のような笑顔の少女にも告げることなく。
正直、死ぬ覚悟は出来てるつもりだったけれど、いざこうして正常な思考で物事を考えてみると、それはとても怖い事で、とても卑怯なことだと思えた。だから、誰にも迷惑をかけないまま生きていこうと、そう決めたのだ。
「また、逃げるんですか?お兄さん」
「え?」
病院の敷地の出口に差し掛かった時、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、全身を汗で濡らし、肩で息をする少女がそこには立っていた。夕陽が彼女の背中を照らし、金色の光がそのシルエットを際立たせている。その目は真っ直ぐで、俺の心の奥底を見透かしているようだった。
「え……風花、さん?」
俺は驚いた。けど、驚いたのは彼女がそこに立っていたからではない。彼女の眼が罪を犯した俺を、咎めるように睨みつけているからだった。
例えるなら赤。それは燃えるような赤。チリチリと照らし続ける、夕日にも負けない程の深く濃い赤い色。
「もしかして」
「ごめんなさい、お兄さん。いえ、燈さん。全部、知ってました」
急にしおらしくなる少女。どこか情緒が不安定なその表情は、彼女自身も俺を止めるべきなのか、きっと迷っていたのかもしれない。
「俺は――」
畜生。夕日というのはどうしてこうも無遠慮に照らしつけるのだろうか。オレンジの光に焼かれ、声が震え、喉の奥が熱くなった。
次の言葉が紡げない。目頭からは涙がボロボロと溢れ出した。止めてほしかったのだろうか。放っておいてほしかったのだろうか。考えれば考えるほどに分からなくなった。
膝から崩れ落ちる。力が入らないのだ。
「罪の意識、ありますか?」
「……はい」
少女はゆっくり一歩。一歩と近づいてくる。
「あたしには赦すとか赦さないとか決められません。けど、あなたは違う」
「……」
「これからが、あるんですから」
まずは前を向いて歩きだそう。そう言って、彼女はもう一度笑顔を作りながら俺に手を差し伸べるのだった。




