結城燈
俺の名前は結城燈。
医療に携わり生計を立てている。
俺はとある裕福な家に長男として生まれた。小遣いは周りが羨むほどの額を貰ってはいたし、裕福な家にありがちの窮屈な生活というわけでもなかった。弟の出来が良いのだけが癪ではあったものの、何不自由ない生活だといっていいかもしれない。
両親は揃いも揃って自由奔放な性格で、稽古や習い事などを強要されるでもなく、学業の成績が振るわなかった時でも「お前は大丈夫。次頑張ればいいさ」と特に叱られることもなく、重圧とは無縁の生活だった。
しかし、次第にその自由という名の不自由に不満を抱くようになっていく。
自分一人では何一つ達成できない無力感。俺は本当に必要とされているのか、俺以外の誰かでも構わないのではないかと、毎日のように苦悩する日々が続いた。
高校三年生、周りが受験シーズンとやらでざわざわし始める中、俺は異能を顕現した。無事市内の難関大学の受験を通過した俺は、親元を離れて寮に入ることとなる。どうやら良い話というものは連鎖するらしい。
俺の名前は結城燈。
医療に携わり生計を立てていると言ったが、これは嘘だ。
“生業”なんて言い方をしたら恰好がつくかもしれないが、実際のところは医者の真似事で金を稼いでるだけ。肩書きも無ければ、資格も無い。それでもその真似事でここまでやってこれたのは、ただ運に恵まれただけ。強いていうなら、この異能のおかげってところだろう。
独り暮らしを始めて金銭的に困っていた?
それは違う。幼い頃から欲しいと思ったものは何でも与えられてきた反動なのか、俺にはさほど物欲というものが無かったし、毎月のように使いきれないほどの仕送りが送られてくる。だから金にはとんと興味が無かった。
じゃあ、なぜ異能で金を稼ぐのか。簡単なことだ。ただ、自分の力だけで稼いでやったという、自尊心を保つためには必要な事だったからだ。
異能 致命開起『Medical bobbin』
これが俺の異能だ。名前を聞くだけだと医療系、少なくとも傷を治すような力なのかと思われるかもしれない。
確かにそれは間違いではない。どんな致命傷でもたちまち回復へと向かう。それだけならば素晴らしい能力だ。しかし、高すぎる性能のマシンは燃費が悪いように、この力にも条件が課せられている。
この力は“とある条件下”でしか発動しないのだ。そうでなければ、俺は滑稽にも道を踏み外さずに済んだのかもしれない。
異能の発動条件は対象の傷が“致命傷であること”が条件。この致命傷の解釈は俺自身の裁量で決められるものではなく、異能が発動するかしないかは博打的な要素が常に付きまとう。これぐらいの傷なら大丈夫だろうと思って発動しようとして発動しない、なんてこともあるわけだ。
仮にこの力で仕事を開くとして、舞い込んでくる患者に対して「あなたは傷が浅いので治せません」なんてことを言ってみろ。非難轟々となるのは火を見るよりも明らかだ。
理解のある患者だけならばいいが、この世の中にはいろいろな人間が存在する。看板を構える以上、悪評はすぐに伝達し、蜘蛛の子を散らすように拡がっていくだろう。
じゃあ慈善的に活動でもしてみようと考えたがこれも駄目。そもそも致命傷の人間なんて、そうそうお目に掛かれるものじゃない。魔獣が蔓延る世の中といっても、そんな危険な場所に赴くのはごめんだし、それこそ致命傷の人間が目の前にいる=俺の身も危うい、ということになる。
けど、異能に目覚めた。という事実は、恵まれていようとも何も持たない俺からしてみれば、生涯一度あるかないかの奇跡であることは確実。だから、なんとかこの力を有効利用してやれないかと必死に考えたわけだ。
そうして俺は道徳を踏み躙る邪な考えに辿り着く。
「ありがとうございます。あなたは命の恩人だ。わたしはもうダメかと思っていました。感謝してもし切れないよ」
混じり気ゼロの感謝の言葉。至福の時だった。他人に心の底から感謝される“人助け”というのは、これほどにも心地の良い事なのかと。
俺はその甘美な蜜の味にすぐに魅了されていくのだった。
手元にある少なくない資金を使ってのビジネス。手元に帰ってくる金額考えるとあまりにも割に合わない、ビジネスとしては欠陥しかないものだったが、たとえ得られる賃金が少量だとしても、俺は充足感を得ることが出来た。
まず友人の伝手を借りて金で人を雇う。通行人に声を掛けさせ、上手い事、人目のつかない場所に誘い込み暴行を加える。致命傷となるまで痛めつけた後は捌けさせて俺が治療を行う。というもの。いわゆるマッチポンプというやつだ。
治療をするかしないかは相手に決めさせる。選択の権利は個々人が持つべきだと考えたからだ。治療に関しての金額の相場は俺には分からないから、人を雇った金額の二割増し程度で請け負うことにした。
二割増しとは言うが、口止め料の金額も入っているので馬鹿にならない額だ。そもそも、雇用金の額の提示からして金銭感覚が一般の人間から比べても、自分がまともではないことは自覚している。もしかしたら俺は多すぎる金額を払っていたのかもしれない。
「は……ぇ……せ……」
「すみません。聴こえない。もう一度言ってくれませんか?」
「払……えま……せ……ん」
こんなこと初めてだった。
致命傷なんだ。放っておけば死に至る状況。そんな状況でこんなことを言う人がいるなんて、思いもしなかった。上がり続ける雇用金額のエスカレート。それに伴って増え続ける医療費という名の略奪。
相手が必ずしも金銭的に余裕があるわけではない。いずれは直面するのは決まり切っていたことだ。なぜ俺はこんなことに気がつかなかったのだろうか。
「このままだとあなた、死にますよ。どうしても、ですか?」
「払……えま……せん」
払えません。一点張りだった。後になって訊くと魔獣による被害で職を失い、そのことを別居中の妻にも言い出せず、かと言って職を探そうにも腕が上手く動かず、途方に暮れる毎日だったという。
向けられるは救いを請う瞳。懇願するのは慈悲の心。片方が潰れた瞳で縋るように俺を見つめた。
その時、愚かにもようやく気がついたのだ。
自分がいかに最低最悪な行為に身を染めていたということに。
いや、そんなこととっくに気づいていた。見て見ぬ振りをしていただけだ。
「分かりました。治します。俺にまかせてください」
「い……え。払え……ない……です」
「いりません。お金は一切頂きません。だから、もう喋らないでください」
もう、終わりにしようと思った。
治療後、彼は頭が地面に擦り付くほどに何度も垂れ、俺にお礼を言い続けた。言うまでもない。お礼を言われるたびに、俺の情けない心は斬りつけられるように苛まれた。彼に本当のことを言えればどれだけ楽になれたことか。
けど、言い出せなかった。怖くて、言い出すことは出来なかった。責められる気持ちと、彼の落胆する顔。それが怖くて言い出せなかった。
俺はこの罪の意識を一生背負っていく事になるのだろう。
「は?何言ってんだ?俺らってもうビジネスパートナーってヤツだろ?なに勝手なこと言ってくれちゃってんだ?ああ?」
「結城くん。君の一存で止める止めないを決めてもらっても困るよ。君がぼく達を頼ったように、ぼくたちだって君を頼りにしたんだ」
「オイラは別にいいけどさ。二人が止めたくないーってんならオイラも反対ってことで。ああ、別にオイラはどうでもいいんだけどねー」
「分かってる。謝罪の意も込めて百五十万、一人五十万として用意した。これで何とか手を打ってほしい。もう金輪際、医療ビジネスは行わな――っぶ!?」
「ふざけんなッ!」
土下座の体勢だった俺の右頬を全力で振り抜いた靴先が蹴り上げる。止めると言っても断られるだろうことを見越して大金を用意したが、それではいそうですかと、納得してもらえるわけはなかった。
考えてみれば当然かもしれない。彼らにとっても弱者を一方的に痛めつけることは、日々の鬱憤を晴らすことの出来る都合の良い環境だったからだ。しかも、それでいて大金も得られるということになれば、止める道理も無いのだろう。
「ぶふっぅ!ごほっ!オゴッ!?ゴはッ!」
三対一の一方的な蹂躙。俺の眼差しを視て、絶対に折れない事を悟った彼らの行動は決まっていた。
俺がしてきたことを考えれば、それすらも生ぬるいかもしれないが、痛みを痛みと認識することで僅かばかりの贖罪になるのであれば、甘んじず受け入れようと思った。
「っち、中途半端に善人ぶりやがって、気色の悪い野郎だぜ。テメエ、異能で治療出来るって話だったよな。奉仕活動でもしてたつもりかよ?覚えとけよカス野郎、お前は能力者なんかじゃねえ。ドブ塗れの堕愚者だよ、間違いなくな」
「良いのかい。彼の異能、少し勿体ない気もするけどね」
「あの眼視たろ。もうありゃデクだ。使い物にならねえよ。っぺ」
唾と共にそう吐き捨てると、地面に置いてある札束を拾い、三人はどこかに行ってしまった。




