おかえりなさい
遊び、か。それも、悪くねえ。
もしオレの心がお前を生み出して、お前が遊びと断じるのなら、それはオレ自身の答えに他ならない。それが遊びなのかはよく分からなかったが、悪い気はしなかった。
「悪ぃな、千寿流」
オレはもう一度謝る。頭を垂れて謝罪をする。
「こんなトコまで付き添ってもらってよ」
「……」
「でも、いいんだ。いいんだ、もう」
そう言ってオレは千寿流へと手を伸ばそうとした。その瞬間――世界が明滅する。黒が白に、白が拡がり、世界を埋め尽くす。
言葉も思考も、何もかもを埋め尽くしていく。
「っ!?」
目を覚ましたそこは白い世界。とはいっても視界を埋め尽くすような光ではなく、白の中に黒い模様が散りばめられたトラバーチン模様。早い話が病院の天井だった。
オレはズキリと痛む頭をこらえ、何が起こっているのかも分からないまま、とりあえず身体を起こすことにしたのだが。
「ふ、風ちゃん?風ちゃん?風ちゃん!?」
そう何度も自分の名前を口にして幼き少女が抱きついてきた。それは他でもない、臨死の世界でオレを導いてくれた千寿流に他ならなかった。けど、似ている様で違う。今ここで抱きついてくる少女はあの幻影とは異なる体温、温もりを持っていた。
その感触に硬直した身体から力が抜けていく。彼女の細い腕の感触も、震える声も、現実のものだったからだ。
「オレ、どうしたんだ?」
「目、覚めたんですね。良かったです」
声のする方向に目を向けると、そこには片目に眼帯をした見知らぬ男が立っていた。
ここが病院の一室だろうということ、白衣を着ているところから見ると、医者ということには間違いはない様だが、それにしても若すぎる。その容姿からまだ二十代前半といっても差し支えはない。オレとそこまで歳の差が離れているようには視えなかった。
「じゃ、じゃあ、その。私は席を外しますね。身体は、はい。もう大丈夫だと思いますので」
そう言うと部屋から出て行ってしまう。こういった感じで病院に担ぎ込まれるのは意外にも初めての経験なので、医者の正しい対応というものがどういうモノかは知らないが、素っ気なさすぎやしないか?
「ねえ風ちゃん!お体大丈夫?どこか痛いところはない?風ちゃんのお姉ちゃん大丈夫って言ってたけど、すっごく心配してたよ!?」
「ああ、姉貴は?」
「う、うん。風ちゃんのお姉ちゃんお仕事があるみたいで、あたしに風ちゃんの傍にいてあげてって言った後、電話の相手に怒りながら出て行っちゃった」
「そうか」
きっと、オレをこの病院に運んでくれたのは姉貴なんだろうな。千寿流と出会った経緯は知らないが、たぶんさっきの男はレギオン関係者の医療チームなんだろう。そう考えれば妙に年齢が若いのも納得できた。
千寿流は……目が腫れてんな。
きっと、オレの目が覚めるまでずっとこの部屋で付き添ってくれていたんだろうな。コイツはそういうヤツだ。そう考えれば、あの臨死の世界に千寿流が現れたことも頷ける気がするぜ。
「悪ぃな、千寿流。あと、その、ありがとよ」
そう言って頭を撫でてやろうとしたのだが。
「うぅん、むにゃ、むにゅ。えひひひ、風ちゃん」
「……」
オレが目覚めたことに安心したのか、電池が切れたように眠ってしまったらしい。だから起こさないよう、そっと頭を撫でてやることにした。
「あ」
「あん?」
「あー!」
「んだよ」
半分に開いたドアの向こう、どこかの家政婦のようにしてやったりという顔を浮かべて、毛虫のように半裸の女がにじり寄って来た。相変わらずだな、この女は。底抜けのオトボケ野郎だぜ。
「見ちゃいましたよー!風太ロリコン疑惑ですー!」
「うるせえ。病院だ。静かにしやがれ」
落ち着いた風太の様子にからかい甲斐が無いとみると、アリシアは口をムスーととがらせてつまらなさそうな顔をする。
「ふふ、可愛い寝顔ですね。風太もそう思いません?」
「さあな。知らねえよ」
そうそっぽを向いた風太の顔は微かに赤みを帯びていた。
「もお、素直じゃないんですからー!うりうりー!」
「や、やめやがれっ!おいッ!胸を押し付けるんじゃねえ!」
風太は無理やり押し付けてくるアリシアの胸を突き放し押し返す。素直に口にしてやる気は毛頭なかったが、彼女との相も変わらないやりとりが何だか心地よかった。
「えへへ。おかえりなさい、風太♪」
アリシアは諦めたように引き下がると、手を後ろに回し、くるりと一回転しながら満面の笑みでそう言った。
「ああ」




