風に逆らって2
「ふ、風ちゃんっ!?」
「オレを殺せッ!今すぐにだッ!」
風太は誰かに憑りつかれたようにそう叫ぶ。千寿流はその変わりよう、その語気の強さに目を見開いた。
彼女の小さな手が震えているのが、潰れた果実のような視界の向こうにぼんやりと滲む。その景色が最期の光景。だから、滲んだ景色が塗り潰されないうちに、千寿流に決断してもらわなくてはいけない。
もう、幻かどうかなんてどうでもよかった。
風太は言葉を絞り出し、口を噛み千切る勢いでさらに叫ぶ。
「テメエが何でこんなトコに迷い込んでるのかは知らねえッ!!だがッ!テメエしか出来ねえんだよッ!オレという名の幻影に負けんじゃねえッ!やれ、千寿流ッ!」
千寿流はいっそう困惑の表情を浮かべたが、すぐに何かを決意したように顔を引き締めた。そして、強く精悍に風太を見つめ返す。瞳には涙が浮かんでいるが、断じて弱さや悲しみから来る躊躇いではない。それはある種の、覚悟。
「分かった。大丈夫だよ、風ちゃん。あたし、やる」
そう言い終わると、千寿流は手を伸ばし、風太のもう透明に透けた腕をぎゅっと握りしめた。風太はどこか安心したような顔で、その小さな手を見つめる。
彼女の小さな手には信じられないほどの力が宿っているように感じられた。彼女の手のひらから伝わるはずのない温もりに、救われたような気がした。
「ありがとな、千寿流。それと、すまねえ。約束、守ってやれなくってよ」
千寿流は泣きそうな顔をこらえながら、何か決意を決めたような表情で、風太の手を離し少し距離をとる。彼女の指先に、淡い光が集まり始める。やがてそれは、眩くも淡い緑の光の刃となって形を成した。
それは風太が望んだ覚悟の刃なのか、彼女の決意によって創り出された餞の刃なのか。いや、きっとその両方なのかもしれない。
千寿流はその刃を握り、再び風太に向き直る。
「風ちゃん……さよなら」
そして、千寿流は一歩、また一歩と風太に歩み寄り、その刃を彼に向かって振り下ろそうとする。風太は目を閉じ、静かにその瞬間を受け入れる。
そして刃が風太の胸元に突き立てられるほどの距離に迫り、彼女は通り過ぎるようにその先に向かい、煌めく光の刃を真横に一閃に薙ぐ。
「違うよ。さよならするのはあなたの方」
暗闇に一筋の光が走ると、そこから霧散するように広がる。闇は闇へ、元ある場所に還るかの如く、吸い込まれては消えていく。それだけではなかった。
その裂け目は次第に広がり続け、圧倒的な輝きで闇を飲み込み続ける。あまりの眩さに視界を奪われたと思った時には、既に元の草原へと戻っていた。
「風ちゃんは、まだ死ぬべきじゃないよ」
「……」
千寿流は踵を返し、こちらに向かってゆっくりと近づく。
「お前、誰だよ?」
「へ?」
「こんなに近けぇのに聴こえなかったか?誰だって訊いたんだ」
確信はない。こんなワケも分からない空間だ。何が本当で何が嘘なのかもまるで分からなかったが、目の前に立っている少女は、『工藤風太』が知っている『近衛千寿流』ではないと、そう漠然と感じたのだ。
「誰って、あたし?あたしはもちろん、うん。近衛千寿流だよ?」
目の前に立つ少女は、当然のようにそれを否定する。
「そうかもしれねえ。けど、オレの知ってるお前じゃねえ。つーか本物だったら、今ので腰抜かして尻モチでもついてるだろうしな」
「ん?どういうこと?風ちゃんって時々意味わかんないこと言うよね?」
人差し指を頬に当て首を傾げ、悩んでいるポーズをとる千寿流。けれど、それは近衛千寿流に違いはない。この場においておかしなことを言っているのは誰が見たってオレの方だ。けど、理屈では片づけられない、これまで培ってきた直感というものが、漠然とそれを否定し続けるのだ。
いや、思い当たる節があるじゃないか。この世界は末期の際に立ったオレの心象風景。この世界に何も無いのも、何も感じられなかったのも、きっとそれが起因しているのだろう。
だから、目の前にいる千寿流も同じ存在。
「助けてくれたことには礼を言う。だが、お前はきっとオレの妄想なんだろうな」
「妄想?何それ?また風ちゃんの面白い遊びか何か?」
千寿流は小首を傾げたまま、にこりと笑って返してきた。千寿流のその無垢で子供らしい表情は、いつも見てきた彼女そのものだ。
けどそれだけ。オレの思惑を知ってか、無邪気で、どこか小悪魔的で、まるで何もかもを知っているかのような目をしていた。




