風に逆らって
「よう、何だよ。辛気臭えツラしてんのな」
「ふ、風ちゃん?え?え?え?なんで、こんなとこに?」
狐耳に、狐の尻尾を生やした幼き友人は困惑の表情を隠せないでいた。それはきっとここが終わってしまった世界だからだろうか。いや、千寿流は死んでなんかいない。なら、これはオレが見ている幻影、幻なのだと、すぐに気づくことが出来た。
もし仮にオレの弱さがこの幻影を見せているのだとしたら。何も言うことは無い。これもオレの一部だと受け入れるしかないだろう。そこに果たしてどんな意味があろうとも、魂が求めたのであれば受け入れるしかないのだから。
「ね、ねえ。風ちゃんも夢の中?」
しかし、目の前の少女はおかしなことを口にした。
「夢?何のことだ。ここは夢でも何でもねえだろ」
「え?」
夢の中だって?いや、ここは夢の中なんかじゃあない。ここは死後、いや死ぬ間際、今際の際に訪れる生と死の狭間、黄泉の国とでもいうのだろうか。
黄泉というと、あのいけ好かないオッサンの顔が浮かんでくるのでやるせない気持ちになるが、近くとも遠からずの表現であることは間違いないだろう。
実際声も、耳も。
いや――違う。
「なあ千寿流。オレ、喋れてるか?」
「へ?何言ってんの?風ちゃん」
オレは千寿流と“意思の疎通”が出来ている。他の誰とも、実の姉とも叶わなかった会話が出来ているのだ。けれど、それが何を意味するのかが分からない。
「いや、悪ぃ、忘れてくれ。オレも頭ン中ジャムってんだ」
とりあえず会話が変な方向に向かい、収拾がつかなくなる前に話を切ることにする。考えれば考えるほどに意味が分からなくなっていく。
やはりもう、オレには考える頭というものすらも、消えかけているということなのだろうか。それならば目の前にいる千寿流は、おかしくなった頭が作り出した幻覚ということで一応筋が通る。
「あー、もしかしてよ。夢っつーのはよ、“お前の夢”って意味か?」
千寿流が先ほど言った夢という言葉が気になった。
「あたしの、夢?」
これがオレの心象世界。その世界に千寿流がいるのなら、きっとそこには意味があるのかもしれない。仮にオレが作り出した幻だったとしても、最期に縋りたくなったのだ。
「あれ、風ちゃん?」
ふと千寿流がオレを視て何かに気がつく。
「なんだよ」
「え、だって、なんか身体透けてる。どういうこと?」
そう言われて自身の手に視線を向けると、着ている服ごと透けているのが理解できた。何も難しい話じゃない。それはたぶん、終わりが近いということ。
__もう長くねえんだろうな。
そう言葉にしようとして開いた口からは、全く別の言の葉が紡がれる。
「は、意味分かんねー奴だな。ゲームのやりすぎでリアルとの境が分かんなくなったとか言わねーよな?」
(おい、何言ってやがる?オレはンな事言ってねえぞ?)
「まあよ、とりあえず行こうぜ。ほらよ、しゃーねーからオレが連れて行ってやるよ」
自分の意思とは別に、何か強い力が身体を支配する。優しく、けれど力強く。相反する二つの感情が支配する。何者かも分からぬ強い意志によって四肢の先、その指の先までもが動かせない。
千寿流はオレの手に抵抗することなく、その小さな身体を預けるように力を抜いた。
(ざけんなッ!逝くなら自分一人で逝きやがれッ!)
オレは全身に力を入れて自分自身に逆らい続ける。それがどういうことを意味するのか、不可能であることも理解できている。だから、別にもう諦めたんだ。自分が助からないことぐらいはもう理解した。だから、どうでもいい。
――けど、それでもッ!
譲れねえモンがある。
たとえ、自らの弱い心が作り出した幻だとしても、それだけは許すことは出来ない。
「風ちゃん?もしかして、泣いてるの?」
声が出ないなら、魂で鳴らせ。
「……せ」
死へ向かう意識がどんなに強かろうが、オレは譲らねえ。絶対に譲れねえ。
「え?」
だから、吼えろよ。魂で鳴けッ!
「オレを殺せッ!千寿流ッ!!テメエにはっ、それが出来るッ!」




