終わりへと続く、暗く寂しさに満ちた黒
たしか大怪我をしていたはずだ。あの赤ん坊の顔は忘れようと思っても忘れられるようなものではない。自身を死の淵に追いやったのはもちろん、あの人間の顔のようで顔とは似つかない不気味なツラは、今後のトラウマになりそうなほどのインパクトだった。
「畜生、思い返すだけでも情けなくなるぜ」
もうこんな失態は犯さない。とは思いつつもこの不思議な空間が何処なのか、それをまずは究明しなくてはならないだろう。
魔獣は消えた。しかしビルも無ければ地面は一面見渡す限りの緑。コンクリートジャングルとまではいかないにしても、オレがいたのは平塚でも比較的ビルが立ち並ぶ箇所だったはずだ。
まるで夢でも見ているような――
____夢?
「オレは死んじまってんのか?」
そう考えた時、疑問に思っていたことが全て融解していくような、そんな心地よさを感じた。そうかもしれない、そうなのだろう、きっとそうに違いない。それが自然であり、当然。
あの戦い。既にオレはまともに戦えるような状態じゃなかった。それでも、プライドだけで立ち続け、命を投げうつ形で戦い続けた。
「っふ」
誰かのために戦う。その誰かは身近な家族でもなく、連れ添った親友でもなく、知り合ったばかりの友人ですらない、誰か。その光景がオレが馬鹿にしてきたヒーロー像そのままであり、つくづくらしくなくて笑ってしまった。
“がんばったね風太。お姉ちゃんが来たからにはもう安心だよ”
その言葉に安心して、意識を手放した。姉貴は強いから、任せておけば何の心配もいらないって、そう思えたんだ。だから、止まっていた傷口が動きだした。
なら、この状況は何もおかしくねえ。
そう理解した時、この世界にも風が吹き始めた。
このまま風に導かれるように歩いていけば、終わりへと辿り着けるのだろうか。死ってのはもっと惨くて、陰惨で悲愴的なものと思っていたが、思ってたよりも心地いいもんだな。
惜しむべきは最後に千寿流たちに謝ることが出来なかった事、そして、思ったよりも寂しがりの姉を一人置いていってしまうこと、それぐらいだ。
他にはギルド関連でいろいろと浅い人付き合いはあるものの、気にとめるようなことでもない。
さらに歩き続ける。視界には何も映らないがこの先に何かがあるのだろう。それは気が遠くなるほどに遠く、今のオレには理解にすら及ばない。だから、ただ何を求めるでもなく、後ろから何かに押しだされるように歩を進め続けた。
もうどれだけの時間が経ったのかも判らなくなった頃、ふと何かに弾かれるように視線を落とした。その瞬間、視点がぐるりと回転し、世界ごと反転する。先ほどまでの緑と青の世界から一転、暗く薄暗い道が続いている。
景色は無。何も無い。いや、在ることを理解できないと表現したほうが正しいか。景色は変わり続け、形づくる何かがそこに在るはずなのに、脳内がその景色を視覚として処理できないのだ。だから、自分自身がゆっくりと人間でなくなっていくように感じられて、少し怖くなった。
さらに歩き続ける。
そこには懐かしい顔があった。
(お前は――)
声に出したつもりだったが、実際に口が開くことは無かった。永い時間の中で、すでに人間としての基本的な機能すらも失われつつあるようだ。
(――思い出せない)
昔いっしょに日が暮れるまではしゃぎ合った友だち、学校の先生、近所のおばさん、そして家族。風太を形成している全てがゆっくりと過ぎ去っていく。
何か言おうとしていたけれど、何も聴こえなかった。
何か言おうとしたけど、何も言えなかった。
こうして静かに終わりを迎えるんだと、悟ってしまったから。
「ぅ……ちゃ……」
けれど、その声が色を帯びていく。冷えていく世界を照らすように。僅かに、聴こえた。
「ふ……ちゃ……んっ」
だから、返事をしてやろうと。そう思った。
「風……ちゃん……っ!」
振り返る。そこには幼い友人の姿があった。




