どこまでも澄みきった、全てを吸い込むような青
嬰児とはいえ人語を介する魔獣。言うまでもなく特異な種であることは明らか。初めは捕縛し、出来ることならば目的や弟を傷つけた謝罪をさせる気ではいたのだが、それ以上に私情を優先してしまった。
けれど、その顔はどこか清々しく、やってしまったという反省はあるものの、彼女の心には一片の後悔も無いようだった。
「ふぅ。あ、住民ならあたしの部下に任せてあるから大丈夫だよ」
魔獣が完全に消滅し、辺りから一切の気配が無くなったことを確認すると、一息つき後方に倒れている風太の方向へと振り返る。
「おう。お疲れ……さん」
そう言って風太は静かに目を閉じる。限界を超えての異能の行使、そして抉られた身体から流れ続けている血液。普通であればとっくに気を失っているほどの大怪我だ。ここまで意識があった事が奇跡に近いだろう。だからこそ、目の前にいる姉に気を遣わせないよう振舞い続けたのだ。
「え、え!?え!?こんな……ひど……っか……」
姉貴の声が遠くなっていく。
意識が徐々に深く底の無い闇に飲み込まれていく。ぼやけ滲んでいく世界の中で、姉貴の表情がほんの一瞬だけ視えた気がした。
普段はおちゃらけていてどんな状況でもマイペースを崩さない姉の顔が、今は歪んでいる。それはオレの視界が歪んでいるからなのか、姉貴がオレの身を案じているのか、よく分からなかった。
涙をこぼしながらも必死に風太の体を抱きしめ、何かを叫んでいるのが風太の視た最後の景色。声だけはまだ微かに聴こえてはいたが、その声も彼の耳からはどんどん遠ざかっていった。
(ああ、泣いてくれてんのか。姉貴……泣かせるつもりは、なかったんだけどな)
風太の唇がかすかに動くが、その声はもうほとんど音として発せられることはなかった。異能の使いすぎで自らの限界を超えてしまった身体は、無情にも意識を手放すように彼を決して覚めることのない眠りへと誘っていた。
意識が途切れる寸前、ふと彼の頭の中に幼い頃の記憶が淡く蘇る。子供のころは外で遊んでばかりいた。近所の友だちも交えて、いっしょに泥まみれになるまで遊び尽くしたものだ。
あの頃からは随分と関係は変わってしまったが、いつだって気にかけてくれたことぐらいは知っている。どんな時も支えてくれた姉貴の姿。自分を守ろうと、いつも前を走り続ける姉の背中。それだけは今も昔も変わらない、大切な存在だった。
(……姉貴、悪ぃな)
声にならない声を深淵に向かって吐露する。
最後の力を振り絞り、ぎこちない微笑みを浮かべる風太。しかしその笑顔も次第に薄れ、意識は完全に闇の中に溶けていった。
風花は必死に彼を揺さぶり名前を呼び続けるが、心臓の鼓動はもう指先では感じ取れないほど弱々しくなっていた。それでもあきらめることなんて出来ない。彼女は手が血で汚れることも厭わず、必死に彼の名前を、かけがえのない弟の名前を呼び続けるのだった。
____目を開ける。
そこは一面に広がる瑞々しくも寂しさも感じさせる緑の世界。そこには風もなく、ただ退屈な景色が遥か彼方まで続いているだけだった。
ふと思い立ち、匂いを嗅ぐ。しかし、生い茂る緑の匂いは感じられなかった。
(オレは、どうなっちまったんだ?)
現実離れした風景。
「どこだ、ここは?」
ふと漏れ出した言葉。当然の如く返答は無い。
自然とつぶやいた声も、空気に溶け込むようにかき消えていく。頭上にどこまでも広がっている雲一つない青は、思いや感情、そして存在そのものまでもを静かに受け入れ、無に還すかのような得体の知れない何かを孕んでいる。
そう思えるのは恐怖という感情のせい?それとも、そういう存在なのだと理解出来たから?それならば、この存在の在り方すらも矛盾してしまうかもしれない。
ここに立ち尽くしていてもしょうがないと、風太は一歩、また一歩と歩き出したが、足元から伝わってくるはずの感触もなく、音もない。まるでこの場所が、ただの幻のように思えてくる。
歩きながら腕を組み、頭を傾げ、自身が置かれている状況を思い返す。
「そういやオレ、何で怪我してねぇんだ?」




