傷だらけの狼
(しくじったな。やべえ、身体の感覚がトんでやがる)
上がり続けるボルテージ。すでに一部の機能を停止しているであろう肉体。極致にてなお冴えわたる思考回路。それは電子回路のように、阿弥陀くじの如く駆け巡り脳へと帰巣する。まるで体内に雷雲が張り詰めて、ゴロゴロと喧しく騒ぎ立てているようだ。
「キャハハハハハ!アハハハハハハハ!アヒャヒャヒャヒャヒャ!」
もう長くはもたねえ。脇腹の辺り、骨もろとも内臓の一部ごと持っていかれるなんてな。ここまで露骨だと素人目でも判断は誤らない。アドレナリンと云う名の麻酔が切れれば動けなくなることは必定だ。
「ッ!?」
一撃。放たれる触手の様に伸びる舌を最小限の動きで躱す。笑いながらも予備動作は一切ない。舌と口がまるで完全に分離して動いているようだ。
体勢を立て直す。痛みはない。けど、血は溢れ続ける量は増える一方だ。感覚値だが躱せて二回。それ以上は身体が反応してくれないだろうな。
「痛くナイ?痛くない?痛くナイ?でもトッテモ楽しそう!」
畜生、いつぞやの廃病院地下の魔獣でもしくじったばかりだったな。こうも自身の異能と相性の悪い奴らが連なってこられると、まるで呪いでもかけられているかのように錯覚するぜ。
敵前逃亡だなんて情けねえ話だが、とにかく今は逃げることを考えろ。別にこの世に大きな未練があるわけでもねえ。死ぬなら死ぬでもいいが、アイツらに一言謝らないと死にきれねえしな。
問題ない。思考は透明一色、混じり気も何も無い。
次の攻撃、伸ばして戻る。そのセットアップの間隙を確実に見極めるんだ。
オレは頭の中で思考を走らせる。
目の前の魔獣に存在しているいくつもの眼。あの多眼がオレの姿を映し攻撃を行うというのであれば、視界から逃げ遂せれば、攻撃を凌ぐ暇ぐらいは確保できるだろう。
辺りを見渡してみれば、ここらは比較的身を隠せる場所が多い。幸いにも先ほどの超音波で、ビルの側面の窓は軒並み割られている。オレの機動力があれば、攻撃を躱すのと同時に屋内に転がり込むことも可能だろう。
対してこいつは攻撃の軌道こそ読みづらいものの、機動力は全く無いと言っていい。仮にあのオッサンみたいな足で立ち上がり二足で追いかけ回されたとしても、脅威にはなりえないだろう。
その刹那、魔獣の左頬に植え付けられた口が微かに動く。感覚が鋭敏化した脳内でその動きを把握、処理をし地面を蹴りつける。予備動作がない以上山勘が何割か。しかし、結果としてその判断は正しかった。
動いたと思われた口からは、一筋の舌先がこちらに向かってレーザーのように伸ばされる。人知を超えたような速さと鋭さで放たれた舌先は、中間で角度をつける様に急激にコース変更する。
(っは、そう来ると思ったぜ!)
あらかじめ動きを予測していた風太は、ビルの側面を三角飛びの要領で蹴りつけて、反対側へと方向転換すると、伸ばされた舌の真下を通り、伸び続ける舌を絡ませる様に動く。
「アッ!?キャは!?アヒャ!?きゃひゃ!?」
これまで何を考えているか一切分からなかった赤ん坊の思考が、ここに来て初めて理解できたような気がした。その途切れ途切れの笑い声ともつかない声音に、困惑した様子が伝わってきたのだ。
風太はそのまま地面を再度蹴りつけて、勢いを殺すことなくビルの屋内に転がり込むように飛び込んだ。
____のだが。
「ぶぐふッ!?」
顔面をビルの壁面に強かに打ち付ける。ある筈の景色がそこにはない。一瞬世界が止まったかのような錯覚。別世界に迷い込んでしまったかのような驚愕。
風太は勢いを失ったまま満身創痍の身体を、ゴミ箱に放り投げるように投げ出した。
どさり、という音と共に体のどこかが壊れる音がした。だから。
終わりだ――そう思った。




