リベルレギオン
「……」
男は下街を歩いていた。その目つきの悪さと、高身長のせいか道行く人々は彼を避けるように道を開ける。
この時間帯の川崎は、昼休憩で昼食を食べるためにサラリーマンが街を行きかう。ざっと見渡すだけでも安価な店は長蛇とまではいわないものの、列を成しているところが多くみられた。
(わざわざ並ぶとか時間の無駄だな。この時間に人が混むって解ってんだから、時間をずらしゃいいものを。頭回らんのかねこいつ等は)
心中悪態を吐く。とはいっても別に他人のことだ、どうにも思ってはいない。男は傍から見れば不機嫌そうな顔ではあったが、それは元々の顔つきであり、特に珍しい事でもなかった。
「君島さん」
君島と呼ばれた男は路地に目を向ける。そこにはまだ成人を迎えていないであろう若い男が立っていた。中性的な顔立ちの青年の名は岡田巴鳥。腕を組み、少し呆れた表情で目配せをする。
「岡田。お前、何してやがる。サボりか?」
「それはこちらのセリフですよ。あなたの方こそ何をしていらっしゃるのですか。調査の件、進展ありますか。奇病トレモロの件について、上に報告をしなければならないんですよ?」
岡田は不満げな表情を隠すことなく君島に詰め寄る。
君島と岡田の関係性は所属している国直属の魔獣対策支部、自由を取り戻す者。通称『リベルレギオン』の魔獣狩り。その上司と部下であった。
ただ軍団とはいえ、魔獣に対抗できるほどの力を顕現した者となると多くない。
発足したての頃は、その給金の良さと人々を守るという大義の元、能無しの者を含めて志願が多く集まり、名に恥じぬ軍団そのものだったが、現実はそんなに甘くなかったのだ。
度重なる魔獣の殺戮行為は想像を超えるものだった。
一振りで岩々を粉砕する怪物。自身より体躯の大きい虫。斬っても撃っても怯まない軟体生物。
対抗する術を持たない者たちは無惨に殺されるしかなかった。
同胞たちの死を間近で見続けることに耐えられなくなり、数ある対策部隊は今ではそのほとんどが解散し、部署を異動してしまった。
あれだけ多くの人間を抱えていた魔獣対策支部は、少数精鋭の部隊が七つ残っているだけだった。結果、魔獣対策支部に残ったのは、それでも金に執着する者。圧倒的な力を持つ者。死を恐れぬ愚か者。揃いも揃って変わり者ばかり。
君島はその変わり者の一師団、『強欲』を取りまとめている。
因みに一師団とは名ばかりであり、所属している人数は五十にも満たない部隊である。
「あーアレか。まだだ。ちょっと面白ぇ話を聞いちまったもんでな」
飄々と返す。指令を無視していたことに反省の色は全く見られなかった。
「あなたはいつもいつもいつもいつも! 報告するのは僕なんですよ!?」
「岡田うるせえ。お前の声キンキンしてうるせぇんだわ。ここ街中だ。もうちょいトーン落とせ」
「……どうするんですか。報告」
呆れ顔の岡田。彼のストレスの原因は九割九分、君島に振り回される事が要因だった。
「大丈夫だっての。あーアイツ、静夫だっけか? あいつに任せてるから心配いらねえよ」
「雫さんですよ。水無瀬雫さんです。というか静夫って性別男でしょ! 名前ぐらい覚えておいてあげてくださいよ。仮にもあなたの部下でしょう?」
静夫も雫も大して変わんねえじゃねーか。と言いたげな顔でやれやれと身振りをする君島。彼はたとえ部下といえど名前をまともに覚える気はなさそうだった。
「いや、スルーするところでしたがあの“残忍刻薄の赤い雫”に任せたんですか!? あの人どう考えても調査という為事が務まるとは思えないんですけど!? 君島さんより暴力的ですし!? 何でそれを僕に相談し、痛っ!」
君島に頭をごつんと殴られる。ゲンコツなので痛かった。
「岡田うるせえ。あと早口で喋り過ぎ。何言ってるか分かんねえよ」
いや、“君島より暴力的”と言った後に殴ったのだろうから聴こえてるはずだろ。と思いつつもまた殴られるだろうから口には出さない。
「いいんだよ、あの雫で。件は厄介事に違いねえ。デスドロップなんつーだっせえリングネームは置いておいて、何事も強いやつのほうが上手くいくんだよ」
「異名ですよ、異名。リングネームってプロレスラーじゃないんですから」
しても意味のない訂正をする岡田。
口も悪く、傍若無人で荒っぽいが君島という男の状況判断は速く正確だった。だから、いろいろと言いたいことはあるがこの場はひとまず黙ることにした。
少し歩き交差点の赤信号待ちの時間、君島は少し考える様に頭を掻いた後。思い出したように上を見上げる。
「ああ、昼メシ食ってなかったんだった。おい、岡田、飯行くぞ」
赤信号が変わると同時に左の道を逸れ、行きつけの店へと歩を進め始める。
「僕、もう食べ終わってますっ! 一人で行ってくださいっ!」
そう後ろで騒ぐ岡田を置いて、すたすたと立ち去ってしまう君島。
結局その後を追いかけ、二人は路地を一本入った所にある中華料理店で、上部への報告についての話し合いをすることにした。
「いつ来ても空いてんな、ここ」
「ですね」
閑古鳥が鳴いているというわけではないものの、看板が斜めにズレており、飲食店という割には見てくれが汚く、店の前に人が並んでいるのを見たことがなかった。
補足しておくと味が悪いわけではない。いわゆる常連客が大半を占めているが、客も少なからず入っている。
「おい、岡田、なんだよそれ」
席に着き水を飲むなり、君島がそう言った。
「何って、何が何なんですか? それだけじゃ何かわかりませんけど」
君島はいつも感覚で会話をする。もう三年近くの付き合いにはなるが、主語が足らない彼の言葉は時々理解に苦しむ。
彼はせっかちな性格なうえに面倒事を嫌うタイプであり、言葉をできるだけ短く切る癖がある。
しかし、結局は上手く伝わらず、いちいち言い直したり補足する羽目になるので、直してほしいとは常々言っているのだが。
「岡田、脱げ。服」
「はぁ!? な、な、何を言ってるんですか!? ここ、公共の場ですよ!? 飲食店ですよ!? 無理に決まってるでしょう!?」
席を立ち、顔を真っ赤にしてまくし立てる岡田。
「岡田うるせえ。マジで静かにしろ。あと、勘違いすんなボケ。中のシャツは脱がなくていい。つーか脱ぐな気色悪い」
「……」
周りを一瞥した後、恥ずかしそうに顔を俯け無言で席に着く岡田。そして、無言でカッターシャツのボタンを外す。心なしか周りからひそひそと声がしてきた気もするが、無視を決め込む事にした。
「これでいいですか。で、こんなことに何の意味が……もしかしてっ」
ハッとして服の襟の内側に目を向ける。そこには小さなボタンの様なものが引っかけられていた。
「馬鹿みてえに几帳面なお前が、襟を正し損ねるとは到底思えねえんでな、ちょいと気になったがビンゴって奴だ」
「っく、これは盗聴器。一体いつから?」
岡田は盗聴器と思われる小型の機器を君島に渡しながら思案する。してやられたという事実に先ほどの羞恥など既に消え失せていた。
「支部だな。イカれた奴しかいねえんだ。安心しろよ、敵対組織ってワケじゃねえ。ただの薄汚ねえ雌猫さ」
受け渡されたそれを躊躇なく握りつぶし、口角を歪ませながら席を立つと、そのまま出口に歩いていく。
「ちょ、君島さん! 会計はっ!」
「あぁ? お前払っとけ。俺は野暮用だ」
君島はそう一方的に言い放つと、そのまま振り返りもせずに喧騒の中に溶け込んで消える。結局、君島は腹が減ったと言って注文した数々の料理にはほとんど手を付けずに退店してしまった。
「あの人はいつもいつもいつもっ! 僕の身にもなってくださいよっ!」
岡田は立ち上がり、君島が出ていった出入り口に向かってそう叫ぶ。イライラしてもしょうがないとはいえ、さすがに愚痴らずにはいられない。
「あの、他のお客様にも迷惑になりますので、もう少し声を落としていただけませんでしょうか?」
「……すみません」
なんとも苦労性で報われない性質。岡田は静かに席に着くと、君島の注文した分の料理をガツガツと流し込みながら、小さな声で愚痴り続けるのだった。
――とある真っ暗な部屋の中、モニターの青白い光だけが皓々と光っている。
その画面を寝そべりながら両手で顎を支えて睨む女が一人。
「ふ~ん、興味なさそうなくせに部下はちゃんと見てるじゃない。やーらし♡」
厚手のフードを被った女は寝返りを打ちながら、楽しそうにほくそ笑んでいた。




