揺りかごの様な温度
異能を好きなタイミングで使えるようになる。もしそんなことが可能になるのなら、こんなに悔しい思いをしなくてもいい。握力がゲーセンのクレーン並みのあたしでも、誰かの役に立つことが出来る。
それに、記憶が無いと頭を抱えることも、きっとなくなる。目の前で大切な友だちを失う。そんな悲しい思いをしなくても――いいんだ。
あたしにも“友だち”を守れる。
そう思ったとき、胸の中を何か熱いものが駆けていくような感じがした。
「ねえ、アリィちゃん!それって!」
「はい!異能に関しては異能名を叫ばなくても発動できるものも多いですし、何らかの動作、ポーズを取ったり、あとは力を込めたり念じたり、という条件になっている可能性を探ってみましょう!」
「おぉーーっ!」
しかし、そう都合よく事が進むはずもなく。意気揚々と始まった、あたしの修行の第二幕とも呼べるかもしれない試みは、視えないゴールという雲をも掴む如き難敵の前に、すぐに屈することとなる。
「うぅうぅ」
あれから四時間ちょっと。公園に設置された屋根が付いたベンチの近くで、休憩を挟みながらも色々な方法を試してみた。当時の再現ということで、悔しい気持ちや悲しい気持ちを思い浮かべてみたり、星ちゃんがよくしていた仕草をまねてみたり、指鉄砲を構えてみたり、他にも恥ずかしいポーズも取ってみたり。考えうること全てを試してみたつもりだった。
あの時のことを思いだすと、悲しい気持ちと共に口の端に血の味が込み上げてくるのが分かる。意識も朦朧としてでの覚醒だ。無我夢中、考えるという考えさえ放棄した境地。実はいうと千寿流本人に自覚は無いが、あの時のことをしっかりと思い出せないでいた。
ぐぅうぅ~。
雨音に混ざり、間の抜けた音が響く。
「へ?何か起こった!?へ?へ?で、でも、あたし自身は何も変わってない」
急いで自分の服装を確認してみても、何も変わった所は見当たらない。暑くなって上着を脱いだ黒のキャミソール姿のまま。何の変哲もない。元のあたしのままだ。周りを見てみても、通行人の何人かが立ち止まってくすくすと笑っているだけ。
もしかして、今までのも見られてた?と思った千寿流は、急いでアリシアの手を引き、その場をそそくさと後にするのだった。急激に顔が赤くなっていくのが自分でも分かったからだ。
「ち、ちずちず?いきなりどうしちゃったんですか?」
「それはえっと、恥ずかしかったからだよう。あ、もしかしてあの音、アリィちゃんには聴こえなかった?ぐぐぐぐーって!あたしの異能がついに目覚めちゃったのかと思ったんだけど」
「あ、あははは。それはですねー」
アリシアが照れ臭そうに頬を掻く。その顔を見るにどうやらその音の正体に心当たりがあるようだった。
「え、聴こえてたの?」
「たぶん、わたしの腹の虫です。ほら、もう夕飯時ですし」
そう言って空を指差す。空は相変わらずの曇り空だったが、その見事なグラデーションから茜色の太陽が落ち始めているのが見て取れた。
「あ、うん。そう、だね。あたしも、お腹空いたかも」
あからさまにしゅんとする千寿流。ようやく視えたと思った光明は、空に浮かぶ雨雲の如く翳り、無情にもその笑顔すらも隠してしまうのだった。
「大丈夫ですよ。そんなに気負わなくても大丈夫。ゆっくりでいいんです。駆けて走って、泥だらけになるのも悪くはありません」
そっと抱きしめられる。暖かくも優しい両腕が背中を包み込んだ。動き回って汗をかいているにもかかわらず、密着する腕も胸も今はなんだか愛おしい。まるで不安という氷塊をゆっくりと溶かしていくようだった。
「でも焦っちゃダメです。きっと間違えちゃいますから。わたしたちは一日先の未来すら予測なんて出来ないんです。なら、ゆっくりとひとつひとつ噛みしめながら行くのも悪くないと、わたしは思いますよ」
(アリィちゃんの声が、なんだか遠くに聴こえる。まるで子守唄のように。)
それは心を許した人だから。きっとあたしにとって安心できる場所だから。あたし、やっぱり甘えん坊なのかも。風ちゃんにこんなところを視られたら笑われちゃうかもな。風ちゃんも今頃修行を頑張っているんだろうな。
そんなことを考えながら、あたしはその揺りかごの様な温度に、そっと身を預けるのだった。




