失われた記憶と異能
室内でそんなところは無いと決めつけてしまっていたけど、確かにそうだ。盲点だった。カラオケならいくら大声を出したところで、誰に咎められることも無い。集中は、うん、出来ないかもしれないけれど。
「ほらっ、行きますよちずちず!お昼終わるまでに部屋取らないといけないんですから!お昼はそこで食べることにしましょうか!」
「う、うんっ!」
とはいっても平日の昼間なので、案の定部屋はガラガラに空いている。こんな時間にカラオケに来ること自体初めてである。
近くにある小学校からは、自分と同じくらいの年代の元気な声が聴こえる。平日ということもあって、少し後ろめたい気持ちが湧き上がる。なんだかいけないことをしているような、不良になってしまった気分だ。
店員の視線も心なしか、そんないけないあたしを不審に思っているのではないかと考えてしまう。そんなあたしの様子を察したのか。
「大丈夫ですよ、ちずちず。ちずちずはとってもいい子です!だから、大丈夫ですよ!」
アリィちゃんがそう言ってくれた。
「まだ時間も少しありますし、せっかくですから何か一曲歌っちゃいます?」
スマホサイズのデンモクを渡される。歌手や曲名が分からなくとも、鼻歌で曲を検索してくれる優れものだ。今では珍しくもなんともない機能だが、昔はサイズも大きかったというし、こういった便利機能も無かった。ちなみに小型ということもあり、盗難防止対策はしっかりとされているので安全だ。
「ふんふんふ~ん♪」
もちろんあたしは曲名は良く分からないので鼻歌検索。
「あ、知ってますよ!それ、マジカルピーチのオープニングですよね!」
マジカルピーチとは休日の朝早くに流れている、魔法少女を題材とした女児向けアニメである。変身シーンでの『マジカルミラクル!モモイロ色々!ハジケル笑顔とミナギル希望で元気になぁれ!』は一言一句暗記してしまっていて、細かなポーズも全部マネできる。え、聞いたこと無い?そっかぁ。
「えひひ、あたし毎週観てるから!これは自信あるんだ!」
しっかりと歌い切った千寿流は少し頬を赤らめながらも、両手を高く上げ、くるりと回ってから元気いっぱいの笑顔で決めポーズを取ってみせた。
「可愛いですよー!ちずちずー!えへへへへー!」
こうして久しぶりのカラオケでは歌を歌い、踊り、お昼ご飯を食べ、勉強をするという、なんとも楽しげで充実したひと時を過ごすことになった。
一向に思い出すことのない記憶も、外のどこかでは魔獣が溢れてしまっている事実も、今この時だけは全て忘れて、存分に楽しむことに決めたのだった。
「あら、やっぱり雨降ってきましたね」
カラオケ館を出ると大雨とはいかないものの、ぽつぽつと小さな雨粒の音と共に、地面に水たまりを作っていた。天気予報とは少しずれたが、室内に決めたのは正解だったかもしれない。
「あ、そういえばさっきのマジカルピーチで思ったんですけど、なんだかちずちずの異能と似てません?」
「え、マジカルピーチ?」
首を傾げる。それだけではよく分からなかった。
「ほら、わたしは直接視たことがないので想像になっちゃいますけどね。たしかもうダメだって思った時に、意識がはっきりして力が溢れてきた。そして、着ていた服装が変わっていた。って話でしたよね?」
「あ、うん。そっか、変身シーンのことだよね?そっか、あたしはよく分からないままだったけど確かに似てるかも」
「わたし能無しなので知識だけですが、異能の発動の条件って、通常なら覚醒した時に、頭が初めから知っていたような不思議な感覚になるって言いますよね?記憶の植え付け?みたいな」
「えひひひ、あたしも能無しみたいなもんだから分かんないよ」
さらっと怖いことを言うアリィちゃんにそう返す。
「でも異能はたしかに顕現した。つまり、もしかしたらちずちずの記憶喪失という部分が、なんらかの邪魔をしてしまったのではないでしょうか?」
つまりアリィちゃんの言いたいことはこうだ。異能の覚醒により脳内が“初めから理解していた”と書き換えられる。と仮定するのであれば、記憶喪失で失ってしまった部分に新たに書き込まれた場合、書き込まれた時点でその記憶を失っているということになる。という話だ。う~ん、そんなことがあるのだろうか。
ただ、普段何気なく使っているとしても、異能も脳科学もまだまだ未着手の部分が多いブラックボックスの分野である。道理とか理屈抜きに、十分に可能性としては考えられるだろう。
考えててこんがらがってくる。正直、あたしにはよく分からない。
「ということはですよ?ちずちずが異能を解放したその時の状況を再現できれば、もしかしたら好きなタイミングで使えるようになるかもしれない、ってことですよ!」
「ああっ!」




