嬰児3
(とはいえ、ここで手を拱いてるのもなんだかな。一発試しを入れてみねえ事にはわかんねーか)
そう決めるやすぐさま行動に移る。あの四つの不気味な目玉はオレを追うように移動するみたいだが、即座に追いついてくる様子はない。初めに奇声を上げられ窓ガラスが一斉に割れた時は少し驚いたが、戦闘能力だけ見るならば、ゴリラ型の時の方が何十倍も脅威だった。
魔獣の性質なんて知ったことではないので、この際考えるだけ無駄と割り切り、相手の注意が逸れている間に一撃を仕掛けることに決める。
「あ?なんだ?」
最短の距離からの無駄にデカい脳天に一発、crystalEdgeを叩きこむ。
「コイツ……」
何らかの反撃行動を取ることも考え、一応身体を躱せるように警戒はしていたのだが、何も無い。これでは拍子抜け。最初にヤバいと警戒したのを含め馬鹿馬鹿しくなる。
「ねえ、リオンくん。あたしが魔獣を嫌いな理由知ってる?」
「知らん。そもそもそこは不可侵。立ち入らない決まりだろう」
「うーん。それはそうなんだけどね」
タルトは口元を噛みしめ僅かに歪ませる。リオンはそれに気づくことは無かった。
「アイツらはさ、人を……人類を馬鹿にしてるのよ」
「ん、どういうことだ?」
「一般的には魔獣は人を害する異物質として定義されているわよね?きっとアナタもそう考えてる。でも、疑問に思ったことは無い?なんで積極的に街を襲い、殺戮の限りを尽くさないかって」
「……」
「最近になって地区毎にギルドが建てられるようになったり、警察内部でも能力者を募っていたり、対策が取られるようにはなってきているけど、全体で見ればまだまだ十分とはいえない。事実、人が少ない場所にはギルドはおろか、危機感自体を持ち合わせていないって話も聞くわ」
「……」
「それって格好の餌場じゃない?魔獣からしてみれば、無抵抗な人間を一方的に甚振れるのだから。
「それは、そうだな」
リオンは顔を伏せる。彼自身疑問に思っていたことでもあり、一度はその可能性も考えたことがあるからだ。
「そうするべきだけど、そうしない理由」
もしその気まぐれで、愉悦の為だけに自身の、そして妹の人生を狂わされたとするのなら、到底許せるようなことではなかったからだ。
「例えば知恵を付けた猿って感じかな。アナタたちは細い木の上に登ってこれないと、高みから嘲笑を繰り返すだけ。そう考えると、人が怯え苦しむ姿を嗤っている姿も想像に難くない。これはあたしの推測。だから主観。けど、否定ばかりも出来ないでしょ?」
「……」
「アイツらはさ。人間の絶望した時の表情ってのが、面白おかしくて仕方がないのよ。だから、殺戮ってのは目的じゃなくて手段なの」
それが。
それがもし真実というのなら。
それは吐き気がするぐらいの、許されざる明確な悪だと断言してもいいかもしれない。
少なくとも、人類にとっては悪なのだ。
「……テメエ」
「キャは、キャはハハはハハハっ!」
赤ん坊が、笑っていた。
無邪気に無機質に、無秩序に。
何がそんなに可笑しいのか。何がそんなに笑えるのか。面白いことなど、何も無いのに。
潰れて半壊した頭には新たに大きな口が生成されていた。それだけではない。頬と思われる部分に新たな口がいくつも現れ、耳障りな笑い声を合唱のように響かせていた。
「ネエ、オモシロい?オモシロい?オモシロい?ネエネエネエネエ!キャハハハハハハハ!!」
「喋った……?」
その異様さに一歩後退する。ぴちゃりと泥濘んだ音がした。どうやらいつの間にか雨が降ってきたようだった。そんなことさえも気が付かなかったというのか。それは、完全にペースを握られている事実を示していた。
「クソ……」
人語を介す魔獣。噂には聞いていたが、実際に目の当たりにするのはこれが初めてだ。
創作物では魔物が人間の言葉をしゃべるなんて珍しい事ではないが、実際に見て価値観が塗り潰される。人間以外の生物が喋っているだけだというのに、ここまで気持ちの悪さが込み上げてくるとは思わなかった。当然、到底意思疎通が図れるような相手ではないことは明白だ。
そして潰れた頭。確実に取ったと思われる頭からは、新たに生成された大きな口。さらに現れるは複数の口。頭の三分の一は占めようという不安定すぎる形。さながら不定を取り分裂を繰り返すスライムのようだと思った。
攻撃は効いているのか効いていないのかまるで分からない。口の生成も再生の一環だとするならば、潰しても潰しても、その場で再生され続けられるということでもある。
そうなればオレに打つ手はない。足元に縛り付けていた触手は無くなっているから逃げることは可能だろうが、こんなバケモノを放置しておいて果たしていいのだろうか。その判断すら曖昧になっていた。
(けど、ンなことばかりも言ってられねえか)
肝心の赤ん坊はまだ暢気に喋り続けている。今がチャンスだと思えた。
そして、先ほど以上に警戒をし、再度攻撃を仕掛ける。注意を払ったつもりだった。
「殴るノ?アタシを?」
「ッ!?」
急に口を閉じたと思った、その口から新たに放たれた言葉。半壊した顔半分に残った目が、訴えるように、懇願するようにこちらを見つめる。その顔が昔見た誰かの面影を感じさせて、オレは一瞬、一瞬だけ、思い留まってしまった。非情に成りきれなかったのだ。




