嬰児
魔獣の様子が変化する。もぞもぞと再生に手間取っていたその身体でも、その気迫のような何かを感じ取れたのだろうか。体中の至る所から真っ黒の触手の様なものが伸び、回転をしながらその身体を包み込むように覆い隠し始める。
「?」
明らかに様子がおかしい。なんだ?戦える力は無いから、いっそ守勢に回って堅牢さに磨きをかけるとでもいうのか。考えてみれば、その選択は確かに合理的かもしれない。
この魔獣は再生力や防御力はもちろん、その人間離れした力やスピードも脅威だった。力、防御力、スピード。そのうちの二つが使えない状態なのであれば、残る一つに絞り力を集約させるというのは、何もおかしな話ではない。
けど、それならば焦って攻める必要はない。と思った矢先だった。
大きなつぼみのような形となった魔獣は、根を張るように地面に向かって触手を伸ばし、そのまま突き立てる。
「?」
なんだ?何が起こる?
この時、風太には理解が及ばなかった。受けたダメージの大きさから動けず、てっきり蛹のように身を固める選択を取ったと考えたのだが、それもどうやら違うらしい。ただ一つ、言えることがあるとするならば、ここから何かを起こそうと考えているということ。
その“何か”はまだ分からなかったが、この魔獣には無秩序に力を振るうだけでなく、相手を観察する目があった事から考えると、何らかの意味があって、このような形態をとっていることだけは理解できる。
その何かが視えない。
視えてこない。
地中に突っ込んだ触手から、植物よろしく栄養でも吸い取っているというのか。すでに元の野生動物の様な面影はまるでない。栄養を吸い取った先に、これまで以上の魔獣が誕生するというのなら、正直勘弁願いたいところだ。
そして、その答えはすぐに理解することとなる。五分が経過しようとしたその時、大きなつぼみが花開くようにほどけ始めたのだ。
直感などなくとも理解できる。これはヤバい。援軍など待っていられる時間はない。ここで止めなくてはいけない。この異物は視るものをそこまで不安にさせる何かがあった。根に張ると同時に、視る者の心に危機感を植え付ける。
オレはこれ以上は無理だと痛み、抵抗する足を気力だけで抑えつけ、異能を解放する。
「ッぐ!crystalEdge__ッ!」
今もてる全力で振り切った。
つもりだった。
しかし、現実は無情であり、その攻撃が魔獣に届く事すら叶わなかったのだ。
「!?」
オレの左足に巻き付いているのは、視るも悍ましいところどころに眼球が植え付けられた真っ黒な触手。その幾つもの目が一斉にこちらを睨みつける。
それは敵意。攻撃、そして逃走すら許さないとオレをその場に抑えつける。そんな意志が感じられた。先ほど根を張った理由には、地下からエネルギーを供給するほかにもオレの真下に潜り込ませ、こうやって動きを封じる目的もあったのだろう。
オレの異能の弱点。
そう、身動きが取れなければ、何もできないという決定的な弱点だ。自慢のスピードを出すには瞬間的とはいえ幅が必要だ。オレの異能のシフトチェンジは車と違い、零から百、その反対で百から零への瞬間的な爆発力を生むことが出来るが、身動きが取れない状態では、全く持って意味を成さない。
普段ならば足元に伸びる蔦など、飛び出したその瞬間に躱すことぐらいわけも無かったはずだ。これではもう打つ手立てなどない。これでゲームオーバー。
「ふっ、ははっ」
そう、諦めてしまったかもしれない。
あの日の弱いままのオレであったのならば。
「フン、負けっぱなしってのは性に合わねえ」
負けるのが怖いんじゃない。
____今までだって何度も逃げてきた。
負け続けるのが怖いんじゃない。
____負け続けた先にきっと意味がある。
誰かを守れないことが怖いんじゃない。
____守るだなんて篤実なのはオレには似合わねえ。
どれも違う。
オレはオレのままで生きてきたから。
これまで数えきれないぐらいの魔獣も悪党もぶっ潰してきた。けど、その中には無様に負けて逃げ遂せた経験だって何回もある。甘露も苦汁も味わった。
オレが怖いのは――
「中で何かやってんだろ?隠れてないで見せてみろよ」
不吉を振りまくように、真っ黒の花が開くように、そいつはそこに鎮座していた。




