限界のその先へ
吹き飛んだ首から噴水のように溢れ飛び散る、赤とも黄色とも取れない液体が身体に降り注ぐ。
「っち、汚ねえな」
こんな情けない姿で再会というのも格好がつかない。そもそも、街中でこの姿は浮きまくる。多少時間は取ってしまうものの、近くで身だしなみを整えるのが良いだろう。
そんなことを考えながら、スマホに手を掛けようとしたその時。
後方。絶命したはずの魔獣から何やら、ぴちゃ、ぴちゃ、と音がした。頭が斬り落とされたことで体勢が崩れ、そこから滴り落ちる髄液か何かだろうか。なんにしろ聴いていて気持ちのいい音ではないのは確かだ。
「あん?」
このまま街を汚され続けても堪ったものじゃないと思い、一応処理をしておいてやろうと後ろを振り返った。感じたのは悪寒。いや、悪寒というには生易しい程の、足元から脳髄にまで駆け上がるような圧倒的な寒気。
屠られた首元からはぐじゅぐじゅと鳥肌が立つような音を立てながら、何かも分からない液を振りまき、その肢体をもぞもぞと動かし続けてるその様子は、まるで全身を拘束服で捕らえられた囚人の様だった。
いや、そんなことは今はどうでもいい。生きていたのだ。首から上を断ち、人体であれば生命線ともいえる脳を失った状態でも、目の前の魔獣はその命を紡ぎ続けているのだ。
「ッち!」
とはいえまともに動ける状態ではないのは確か。また、絶命していないとはいえ、脳自体は司令塔としての役割を果たしているようで、相当なダメージであることには変わりない様子。
そして、動きが緩慢ならば再生も遅い。脳は再生を司る器官の大部分を占めているのか、再生能力自体も著しく低下しているようだ。
今が好機。そう決めこみ、足先に力を入れようとした瞬間。
「ぐぁぐッ!?」
__ズキリ。
と今まで感じたことのないような痛みが走った。
疲労や、反動、外傷での痛みではない。何かもっと他の、例えようのないような痛みだ。さっさと異能を解放して残る胴体をバラバラにしてやろうと思ったが、どうやらそう都合良くはいかないらしい。奇跡の許容量をオーバーしたつけが、ここに来てじわりじわりと身体を蝕んでいるのが分かった。
異能は奇跡の体現。奇跡とは常識では起こるとは考えられないような、偶然の積み重ねで生まれる現象のことだ。異能はその法則を無視して、手元に手繰り寄せる禁じ手のようなもの。つまり、この世の人知を超えた超常現象。リスク無しで使える奇跡なんてあるわけがない。
異能名やその性質、許容される規模などは、異能を受け取った際に、天からの啓示のように、脳内に直接植え付けられる。まるで初めから理解していたように。
考えてみればなんとも不気味な話だが、その実態を究明出来たものは誰もいないのだろう。研究者が日夜あれやこれやと言っているが、一向にその研究とやらが進展した様子は見られないからだ。
そして、与えられる啓示は能力の許容量。限界についても刷り込まれる。つまりどれだけの力を使えるのか、どれぐらいの力を使えば器が壊れてしまうのか理解できるということ。そのキャパシティを超える力を使ってしまったのなら、どんな異能であれ、その反動が返ってくるのは必定なのだ。
だから、気合でどうにかなるものではない。これ以上はもう壊れる未来しかないのだ。
「クソっ。いったん引くしかねえか」
異能が使えない状態で魔獣との交戦は死。勝つ術が他にあれば一概には言えないが、今のオレにはもちろんそれは無い。そして極めつけは厄介な再生力と硬質の肉体持ちということ。誰が見たって戦略的撤退は必至なこの状況。
オレが逃げた後はたぶん、他の誰かが来てこのバケモノとやり合う、ということになるだろう。その際にはコイツは再生しきっていて、オレがやり合った時以上の力を持つことになる、のか?
ギルドから派遣される奴らを信用しないってわけじゃねえが、バケモノに勝つというビジョンが上手く視えてこねえってのは確かだな。
「それとも――」
それとも。
限界を超えて異能を解き放つか?
待っているのはきっと、それに相応しいだけの未来。
自力で一歩も動けなくなる未来か、一生痛みと向き合い続ける人生か、それとも死か。
「なんて、オレらしくねえな。先のこと考えてブルーになるなんざ、情けなさすぎて笑えてくらあ」
いいぜ。まだ動けねえって高くくって、だらだら再生に時間取ってることを後悔させてやるよ。




