透明だった世界
(不味い……ですね。多少身体は動いても、まともに歩くことは出来なさそうです)
今の一撃は戦闘不能。そこまでいかなくとも、大きなダメージを与えることが前提だった。そしてその選択は決して間違った考え方ではなかったはず。相手の体力は底が知れない。なら、早期決着は避けられない。玉砕覚悟で倒しに行くという選択は間違いじゃなかった。
そう、単純に力不足。裸一貫の人間がライオンに勝てないのと同じように、白と黒が初めから決まっていた戦いだった。ただそれだけなのだろう。
精一杯に戦ったわたしを姉さんは褒めてくれるのだろうか。それとも、不甲斐ないと叱ってくれるのだろうか。そんなことを思いながら姉さんに視線を向ける。目を瞑ったまま動くことのない身体。
ここでわたしが死ねば、そのまま姉さんも殺されるのだろう。
ズシン、と大きな音を立てて巨体が一歩、また一歩と迫ってくる。その動きはゆっくりと老体の如く、先ほど見せたような俊敏な動きはない。きっと、もうわたしたちに抵抗の手立てがないと確信しているからだろう。これは競争ではない。弱者への蹂躙だ。だから動かない獲物を前に貪欲さを見せる意味はない。
一歩。
また一歩と。
時計の針が時を刻むように。
ああ、この世界はなんて無慈悲なのか。こんな絶望的な景色を前に、まだ神に祈る暇を与えようというのだろうか。
けれど、祈りはいつか成就されるもの。だから、きっと、救われた。
他の誰でもない。他の何物でもない。すべての条件という現実が、この悪夢という奈落の底に吹き込む風のように。ふわりと、救ってくれたのだ。
「crystalEdge__ッ!」
脳天に直撃する、水晶の刃の如き蹴り。無防備無警戒の状態で、さきほど勇璃の璞を受けたところへの追撃。魔獣は思わず悲鳴を上げ、壁面を削りながら吹き飛ばされる。
「無事、ってわけにゃいかねえか。もういいぜ。オレがやる」
幼い頃、オレはヒーローに憧れていた。
画面の向こう側で声高らかに名乗りを上げる、お決まりのセリフは覚えようとしなくても一字一句暗記することが出来た。口に出すと勇気が溢れてくる。自分もヒーローになれたような、その大勢いる一人として悪者と戦っているような気になれた。純粋から来る気持ちはきっと驚くほど透明で眩しいものだったのだ。
友だちも皆ヒーローが好きだった。今は名前も思い出せないような誰か。その誰もがお気に入りのヒーローに成りきり、想像という名の遊びを心の底から楽しんでいたのだろう。
誰かを助けてあげたい。皆から称賛されたい。悪者を懲らしめたい。強い存在に憧れた。
理由なんて今となっては分からない。ただ、憧れただけ。
けど、年を重ねるごとにその存在は薄れ、輪郭すらぼやけて行った。次第に霧のようにその価値観ごと消えていった。何の為に戦うのか。自分のため、それとも名前も知らない誰かのため?その目的すら希薄になって消えていった。
自分の知らないことは知らないままでいられた。知りたくないことに目を背けて見ない振りをしてきた。子供だから好きでいられた。透明でいられた。
けど、世の中はエゴに塗れた欲望だらけの社会だ。魔獣狩りは魔獣を狩ることを生業としている。そう、生業として。とどのつまり金のため。金が貰えなきゃ見て見ぬ振り。どこの誰が亡くなろうと自分という歯車は一生軋まない。
だから、魔獣狩りという職業のシステムは依頼を受ける受けないに関わらず、魔獣を駆除した時点で報告を行えば金銭が発生する。このシステムが無ければ、誰が好き好んで魔獣狩りなどという酔狂事を進んで行うというのか。
結局は金のため。延いては自分のため。
大人になって物事を理解していく。きっと、ヒーローを描いているテレビの向こう側の大人たちも、金のためにやっているんだろうと思ったら、驚くほどすんなりと受け入れることが出来た。
だから、そんな杓子定規でしか測れない世の中にも、自分にも嫌気がさしていた。




