気鋭の双子と黒い天災4
ここで、この場所で、魔獣を仕留める。
わたしは姉さんを路肩にゆっくりと下ろすと、魔獣に向きなおり、正面から見据える。意外だった。意外にも魔獣は動く素振りを見せなかった。
抱えていた姉を下ろすその暇すらも好機と見て、ここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくると踏んでいたのだが。どうやら、逃がすつもりはなくとも卑怯な真似はしない、ということだろうか。
魔獣の性質など知ったことではないが、彼には彼なりのルールというものがあるらしい。
「始めましょうか」
目の前の大きな影がダンと地面を震撼させ跳躍する。ここまでで分かったことは、そもそもの話、基礎的な能力値ではまるで歯が立たないということだけだ。なんとも情けない話だがパワーもアジリティもフィジカルも、何もかもが現時点でのわたしの上を行っている。
「翊ッ!」
翊とは地面との間に出来た薄い空気の層を地面ごと蹴りつけ、瞬間的な高速移動を可能とする技術。
空気と地表、二重の面を一度に蹴りつけることにより、通常のVariable walkの運用よりも瞬間的な加速からの高速移動が可能。だが、早すぎる故にコントロールは難しく、また足にも多大な負担をかけるため連続の使用は継戦力を著しく低下させる。
だから、早期決着。どのみちここで倒さなければいけないのだから遠慮はいらないッ。
ビルの壁を利用した連続での翊。常人には到底見切ることなど不可能。とはいえ、この魔獣は動体視力すらも常軌を逸している。もしかしたらこの高速移動にも対応をしてくるかもしれない。
けど、それでいい。
そうでなくては困る。
出鱈目な高速移動。目で追えてもその巨体では追いつけない。そして脳が処理できる限界量というのはそこまで多くないものだ。理解していてもすぐにガタが来る。
例えば人間の脳。人間の意識で処理できる情報量というのは、毎秒およそ百二十六ビットが限界値と云われている。普通の人間ならば三人から同時に声を掛けられたら混乱するし、その状態で正確に物事を判断することなんて到底出来ない。複数の人間が日夜入り乱れるこの人間社会で、わたしたちはそれほどの情報しか捌くことが出来ないのだ。
分かっていても分からない。理解していても理解できない。それは脳の処理が追い付かないから。それが魔獣にも当てはまるのかと言われればそれまでだが、少なくともこの魔獣は動物のそれに、それも人間に近いような気がした。
勇璃の読みは見事に当たる。
巨大なゴリラの様な姿をした魔獣は、その動体視力の良さ故に、飛び回る勇璃を目で追おうとして手を拱くしかなかった。
(っぐ、今しかないッ!)
速度を僅かに落としコントロールを再び得ると、相手の上空に作られた一瞬の制空権を正確に陣取る。
「これで終われッ!龍楼一筆__璞ッ!」
そこから後頭部を目掛けて一直線に踵落としを放つ。靴の踵のボリュームを最大まで振り切っての一撃。知瑠の大技、金輪奈落と全く同じ形で振り下ろされる璞は、彼女が見よう見まねで編み出した金輪奈落の不完全な模倣技。
瑞獣棍での火力、遠心力、高度からなる加速度的な力の相乗を、自身の異能と許容以上のギアレベルで補った、即席の加速装置のようなものである。威力は決して金輪奈落に劣ることは無いものの、当然そのツケは大きく。
「がっ!?うぅぐぅ!うぁあぁっ!」
痛いッ!痛い痛い痛い痛い痛いっ!
足が千切れるように痛い。いや、既に千切れてしまったのかと思うほどに。けど、自身の足を見てみても五体満足、別におかしな方向に曲がってしまっているようなことは無い。けど、けどけど、痛い。痛すぎた。もう右足での異能を利用した空天闊歩は使えないだろう。
足から走るドリルでぐりぐりと突き刺すような痛みに堪え、祈るような気持ちで目線を上に持ち上げる。
「うおぉおぉおおぉおぉッ」
蹲る様に頭を垂れる魔獣の姿。確かにダメージは通っている。今の一撃。装甲の少ない頭から項にかけての一撃だった。魔獣と云えど、弱点は人間のそれと同じということに違いない。
もう動けない。動いても無様に地を這いつくばるだけ。
だからもう、立ってくれるな。
もう、倒れてくれ。
お願い、だから。
神様に祈る様に目を閉じて一心に願い続けた。
____しかし、現実はいつだって無情なのだ。
果たして神はいないのか。そんな祈りをあざけ嗤うように。まるで何事も無かったかのように。魔獣はその頭を持ち上げると、より一層に、紅に染まった双眸をぎらつかせながらこちらを睨みつけるのだった。




