気鋭の双子と黒い天災3
いや――――違うッ!
わたしの拳が誰にも響かないぐらいに軽いものだったとしても、助けたいという気持ちだけは本物だ。この胸に宿る、日々の心の支えとなっている気持ちだけは本物だ。
街中でふと困っている人を見つけそれに手を貸し感謝される。小さなことの積み重ねが形成する。そうして形成された確かな想いが、今のわたしという形をつくり出したのだから。たぶん、ここで弱音を吐いたら叱られる。そんな勇璃は勇璃じゃないって。
勇璃を助けてくれた、姉さんの気持ちすらも穢させるわけにはいかない。
だって、わたしがここで諦めたら、姉さんも助からないのだから!
だから、命がけでこの場を切り抜ける!
「あなたに姉さんは殺させません」
わたしのミスが招いた事態。わたしのせいで姉さんはこうなった。
「わたしの異能は空天闊歩『Variable walk』。空気を地表のように蹴り、縦横無尽に駆けることが出来ます」
けれど、もう弱音は吐くなッ!
____来る。
魔獣の狙いを定めた左ストレート。右の拳をフェイントに視界が音を置き去りにしブレるように左の弾丸が飛んでくる。その確殺の攻撃を地面と足裏にある空気を蹴り、最低限の動作で回避する。
姉さんを庇いながらビルの近くに転がるように身体を滑らせ、息を一飲みして呼吸を整える。大丈夫、予備動作が全くないってわけじゃない。魔獣の方も先ほどと比べると幾分かと冷静さがある。むしろ好都合。合理性がある攻撃のほうが御しやすい。
ここは街中だ。ビルを障害物に死角をつくりながら、距離を保ち諦めてくれるのを待つのが得策か。魔獣の制圧、が目標ではあったが、どう足掻いても敵わない会敵の場合これも仕方がない。
勇璃がふと口に手をやると、口から一筋の血が滴り落ちているのに気づく。いつ魔獣の攻撃を受けたのかと思い返す勇璃だったが、すぐにその答えに思い当たる。
攻撃を受けたんじゃない。倒さなければいけない敵を前に、守らなければいけない市民の願いを踏み躙り、ただ逃げるだけしかできない自分の不甲斐なさに、そして何より、自分のせいで傷ついた姉に対する情けなさに、唇を嚙みしめたからだった。
「ば、か」
「ね、姉さんっ!?」
「こえーっつの。んな……か、お、すん……な」
「姉さんっ!喋らないで!傷がっ!」
「ゆう、りは、何も……間違って、なんか……いない……ぜ」
そう言うと知瑠は静かに目を閉じる。それは姉の本心。勇璃の在り方を肯定する。心からの言葉。
その言葉にこれまで我慢してきた涙がポツリと姉の顔に落ちる。姉の苦くも安らかな表情に最悪の状況を想像してしまった。いや、まだ息はある。だが、予断はきっと許さない。一刻も早い治療が必要だった。
ビルの陰から影へ。日中の闇を死角を求めながら、かつ背負っている知瑠に負担をかけないよう、勇璃は出せるレベルの全速力を持って魔獣の追跡から逃げ続ける。
「……」
初撃の後、応援の連絡はつけた。対象が人間じゃなく魔獣、それもわたしたちが手も足も出ない強敵ということもあり、警察本部からはギルドの魔獣狩りに派遣が通達されるだろう。撃破に移るのであれば応援が到着した後だ。
それまでは、なんとか。
次の瞬間、地面に落ちる影がより一層濃くなった。
轟音。辺りの空気がピシピシと悲鳴を上げるほどの衝撃が辺りを包み込む。
勇璃は無様に転がりながらも後方に目を向ける。そこには赤く染まる眼を見開き、大袈裟に鼻息を吹く大猿の姿があった。
「ッぐ!」
頭で考えるよりも体を先に動かす。とはいえ無理な形で身体を躱したため、即座に動けるような体勢で無い。悲鳴を上げる身体に喝を入れ、その場から飛び退くように転がりながらも、Variable walkの力で無理やり身体を弾き飛ばす。
身を隠すことだけ考えて逃げ続けた結果、気づけば大型の車二台程度が通れるだけの狭い路地だった。もちろん、左右には逃げ場などない。上空に向かって空を蹴って逃げてもいいが、この魔獣はそんなことは知ったことかと追いかけてくるはずだ。
それに姉さんを背負ったまま空中で相手の攻撃を捌き続けるのは難しい。もし万が一、振り落とされてしまったら地上とはわけが違う。リスクだけの悪手といえるだろう。
そして、目の前の魔獣の瞳。黒い眼球に、黒ずんだ赤い瞳。その周囲には激昂しているのか赤い血が走っている。どうやら、このまま逃げ続けてもわたしたちの息の根を止めるまで追い続けるぞ。ということなのだろう。
人通りの少ないところを選んで逃げてきた。習性から見て無暗に人間に危害を加えることは無いと考えてはいたが、無関係の人々に危害を加え始めなかったのは幸いだ。しかし、魔獣を発見した地点から随分と距離が離れてしまった。確実に応援の到着は遅れるだろう。
なら、もう手段は一つしか残されていないじゃないか。




