無邪気さと探求心2
そうして成り行きで男を殺してしまった予想外に憂うこともなく、タルトの頭の中にある一つの考えが思い浮かぶ。
「ねえ、リオンくん。前に腕に彫られていた魔装紋を使ってみたことあったでしょ」
「ああ、東雲冬始という男だったな。彼の転移系の魔装紋のことか?」
「名前はゴメン、覚えてないけど。それよ」
あの時は思惑通り、千切れた両腕の魔装紋を通して転移魔装を行使することが出来た。魔装は本人の血液を媒体として発動させるので、腕のみでは一度きりが限界だったものの、五体満足であればあと何回かは発動できたに違いない。それでも心臓が止まったままでは血液は供給できないので、すぐに使い物にならなくなるだろうが、機会があれば試してみたいものだ。
だから、あたしは考えた。生命活動を終えた人間の魔装紋が使えたのなら、同じ要領で異能も発動できるのではないだろうか?それにこの男の異能は集団催眠。もし使うことが出来ればいろいろと利用できるだろう。死体の鮮度に関してはあたしの異能があれば気にする必要もない。
「試してみるのは構わないが、異能は血液を媒体とする魔装と違い、脳内で回転させるものだろう。異能の共有による性能強化がその理由だ。オレには亡骸の脳味噌では上手くいくとは思えないが」
「人体なんて電気仕掛けみたいなものでしょ?まあ、モノは試しよ。これが可能なら面白い。洗脳で疑似的な死を実現できれば、生きたままの人間を人形のように変えることだって出来るかもしれない。それはすごく面白い。無限とはいかなくともあたしの異能の解釈が増える」
そう楽しそうに話すタルトの横顔は、理科の実験の準備をする小学生のように輝いて視えるのだった。
意気揚々。愉快適悦で始めた人形実験だった。しかし、試してみたものの、そう上手くいくはずもなく。
「うーん。やっぱり生きた人間を操るってのはまだあたしには早いのねー」
ここに至るというわけだ。
結論、死亡直後(脳内の鮮度が比較的保たれている状態)であれば無理やり脳内を回転させ、異能を行使することが出来る。タルトは男の異能名を知らなかったので異能の開示が行えなかったが、それが出来ればさらに効果の範囲は大きくなるかもしれない。
しかし、異能の行使と共に無理やり稼働させられた脳内では、相当の負荷がかかっているらしく、たった数分の間に急速に腐蝕が進行し、効力が弱まっていってしまったのだ。
結果、死者の異能は使えても二度が限度。試してはいないが、それに加え二度目は大きく精度が落ちるだろう。もしかしたら、集団催眠の様な強力な異能だからここまで腐蝕が早かったのかもしれない。脳に負荷がかからないようなコンパクトな出力の能力ならば、もしかしたら数回以上使えるだろうか。これも今後の課題だな。
「残念だが、現状使い物にならないな。不確定要素が多すぎる」
リオンくんの言うことは分かる。これは脳がイカレるのを前提とした、替えの利かないライフルのようなものだからだろう。
ストックしておくには鮮度が高い人形、さらに出来立ての状態であることが前提。いくらあたしの異能で人形の腐蝕が抑えられるといっても限度がある。脳は解明されていない未知の領域も多く繊細な部位だ。おそらく三日もすれば異能の発動が難しいラインまで到達してしまうだろう。ここぞという時に期待していた異能が得られない、出力が不安定、とくればもはや博打の域。
加えて異能の試し撃ちが出来ない。異能を試すにも数回の内の一回を消費してしまう以上、試し打ちなど以ての外。つまり土壇場、ぶっつけ本番での運用が求められるわけだ。不発に終わるかもしれないような、危険な要素が付きまとう能力を切り札として忍ばせておくのは、賢い選択とはいえないだろう。慣れない銃では止まっている野鳥一匹すら仕留められないのと同じだ。
「良いのよ。別にリオンくんの言いたいことは分かってる。でもそんな下らない事で躓くあたしじゃない。ほら、天才ってのは壁に突き当たっても」
「その壁を床に歩き続けられるから、か。っふ」
そうリオンくんが呟いた瞬間だった。
____ドゴオオオオオンッ!!
遠くで何かが爆発したような音が、木々の隙間を縫うようにして耳に響いたのだった。




