無邪気さと探求心
倒れ伏している男が持っていた異能は、催眠に近い効果がある結界を自身を起点として展開する、というものだった。いわゆる結界内限定の集団催眠のようなものだろうか。
集団催眠、と聞くとかなり凶悪な異能かと思えるかもしれないが、そこまで凶悪なものではなく、効力は展開する結界の大きさに比例して落ちていく。という欠陥性能であり、半径二十メートルも展開すればそこから皮切りに性能は著しく落ちていく。その為、大勢の人間に対して同時に同じような症状に陥らせることは事実上不可能。
その反面、対象との距離が近づけば近づくほど性能は上がり、異能の開示を含めて相手に直接触れて発動すれば、耐性がある者でも確実に昏倒させられるほど、ということになる。
「いろいろと荒は目立つけれど良い異能よね。あたしの異能に出来ない部分をきれいにカバーしてくれる。仲間に引き込めれば、もう少し役立ってくれていたかもしれないのに」
タルトは望み薄ではあったが、この男に対して自身の思惑を打ち明け、協力を仰ぐことを試みていたのだ。しかし、目の前に在るのは物言わぬ亡骸のみ。
「は、何言ってるんですか、あなた。無理に決まってるでしょう。おれにあなたたちの犯罪の片棒を担げって言ってるようなものじゃないですか!」
「犯罪?違うわよ、アナタの異能、アナタ自身が視えてない部分がまだまだたくさんあるって言ってるの。異能ってのは天からの啓示。与えられたのなら与えられた意味がきっと有る。アナタは向き合うべきなのよ。だから、あたしたちといっしょにそれを解き明かしてみない?って言ってるの」
「笑わせないでください。きな臭いにもほどがある。もしかして新手の宗教ですか?それにおれ自身うんざりしてる。こんな気持ち悪い能力なんかいらないんですよ。こんな人の心を弄ぶような力、無いほうが良いに決まってる!」
男の言うことは正論に違いなかった。異能は導という人類の脅威に立ち向かうために与えられた異端。それは延いては人を助けるための力でもあるが、その反面、人を傷つけるために振るわれることもある。
事実、貧困に陥った能力者による、金銭目当ての犯行は絶えることは無い。現代では異能で異能を是正させる、毒を以て毒を制するような真似を余儀なくされている。
ちなみにこういった悪行目的で異能を使う者を、区別と戒めの意を込めて堕愚者と呼ぶ。タルトたち自身は大義の下で動いているという信念に近いものを持っているが、何も知らない他者から見れば堕愚者と変わりないのだろう。
「おれ知ってますよ。こういうの堕愚者って言うんでしょ?あなたの異能が何なのか知りませんが、おれには関係ないですよ!」
「堕愚者ねえ。たしかにアナタ、混じりっ気のない善人っぽいもんね。そう視えてしまうのは否定しないけれど、あたしたちは違うわ」
「父さんが言ってました。目を視れば相手が嘘を吐いているのか分かるって。おれの目を視てちゃんと嘘を吐いていないって言えますか?」
「ええ、言える」
タルトは改めて男の姿をつま先からゆっくりと表情までその姿を観察する。
「え?」
男の目は虚ろだった。いや、虚ろというのは少し語弊がある。眼球が小刻みに動いており、焦点の定まらないようなそんな視る者を不安にさせる眼差し。
タルトは一瞬何が起こったのか分からなかったが、その先にある一つの影を確認して、ため息を吐くように視線を落とした。
口がプルプルと震え、呪いの言葉が紡がれる。
「ごぉぼぎゃ……ごほっ……こ……の゛……卑怯……も゛、の」
その言葉を最期に、男の口の端から一筋の赤が滴り、頬を伝って地面へと落ちた。
「なんで殺したの?」
あたしは生命の最期と云う余韻に浸り、一呼吸を付けてからリオンくんにそう訊ねた。
「目を視ろ。あからさま過ぎだ。恐らくこの男は、お前に洗脳の異能を使おうとしていたんだろう」
なんだ、そんなことか。
くだらないな。
リオンくんには言っていないが、今この男と対峙していたあたしは、糸で縫合したあたしそっくりの死体人形。仮に目線を合わせることで、より強い洗脳に陥れることが出来たとしても、本体のあたしにはもちろん効力は得られないので全く問題ない。
窮地への助け舟。彼の仲間という信頼度は上がりはしたが、それよりも希少な能力者が使い物にならなくなったことが残念だ。こんなことなら先に彼に伝えておくべきだっただろうか。
まあ、リオンくんも騙せたってことでここは収穫有りということにしておこうか。
変わり身の件、洗脳が効かなければ当然バレますが、タルトはリオンにバレても良いと考えていました。




