手のひらの魔装紋
いや、何考えてる。どう考えたっておかしいだろ。日和ってんじゃねえ。
この異様な雰囲気に包まれた街、魔獣を見たこと無いと言い張る男、オレを魔獣と決めつけ奇襲をかけてきたガキ、表情と口調の一致しない学生。スーツの男に関してはオレから声をかけただけだが、あとの二人はあちらからのアプローチだ。
オレは自分で言いたかねえが目つきが悪い。これまでだって声を掛けられるような機会は、ほとんどなかった。なら、そんなオレに声をかけてくるなんてこと自体、不審に思うべきなのだ。
(クソッ、頭が痛え。いや、そんな気がするだけか?あ?)
先ほどまで気が付かなかった。右の手のひらに赤で描かれた、何らかの紋章のようなものが薄っすらと見える。左の指でなぞってみる。が、消えない。ニオイも無い。赤で連想してしまったが血痕の類ではないようだった。
(何だこれは。魔装紋ってやつか?)
風太は魔装紋に関しての知識はない。魔装に関しては適性が無い者が、見よう見まねで描く分には問題ないが、下手に適性がある体質の人間が興味本位で試してしまうと、血暴逆行や血溢流動などに陥り、最悪命を落とす。それぐらいなら小学校で習ったが、それ以上の知識はない。だから、仮にそれが魔装だとして、どういった効果がある魔装なのか風太には知る術はなかった。
この魔装紋がどういった効力なのかは知らないが、十中八九、さっきの男の仕業だ。握手をした際に手のひらに描いていた魔装紋を、こっそりとオレの手のひらに写したのだ。この妙な頭痛もそれが原因か。畜生、してやられたってわけだ。
即座にあの男を問い詰めてやろうと思い、後方を振り返るが、あの男の姿は既にそこには無かった。
そもそも気が付くべきだった。この街に入った途端異様な雰囲気に当てられた。ならばさっさと抜け出しておけばよかったのだ。
悔しいが現状オレに出来ることは何もない。あの男を探しだす、というのも一つの選択だが、このままこの空間内にいても、これ以上頭痛がひどくなるだけかもしれない。オレは駆け足で出口を求め探すことにした。
◆
「うーん。やっぱり生きた人間を操るってのはまだあたしには早いのねー」
「死体とどう違うんだ?」
「え、全然違うわよ。だって死体ってのはモノと同じでしょ。魂の重みが無い空洞のような物ね。でも、生きてる人間は違う。魂があり、意思があり、その意思に基づき自身の頭で考えて動く。あたしの異能はあくまでも死者を操るという能力に過ぎない。要するにココが違う」
街の近くに生えている森林の一角に背を預け、タルトはそう言いながら、自身の頭を親指で小突いた。
タルトの言う通り、彼女が操ることが出来るのは生命活動を停止した“死者”に限定される。死者であれば人間という定義は特にないので、動物も虫も魚も操れる。死んだ魚を生きたように見せかけ、その体内に糸を無数に詰め込んでおけば、釣り上げた瞬間爆発するといった時限爆弾のような運用も出来る。
その定義通りであれば、タルトの異能では生きた人間は決して操ることは出来ないのだ。
「けど、生きた人間を死んでいると仮定して異能を騙すことは出来る」
「騙す、か」
リオンはそう言ってタルトの傍らで、ピクピクと不気味に痙攣しながら立ち尽くす男に目を向ける。その男には生気はない。目は白目を剥いており、口からはくたびれた犬のように舌をだらんと垂れさせている。こぼれた涎がその舌先を伝って地面の赤と混ざり合い、水たまりを描いていた。
タルトがため息をふぅ、とつくと、糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏す。確かめる間もなく既に息はしていなかった。
「もう一度言うわよ。あたしは死者を操ることが出来るの」
つまり、殺した相手の異能すらも自由に扱うことが出来るというわけだ。
魔装に関する血暴逆行や血溢流動などはep.168で登場しています。




