狼と子犬3
「おれのオヤジを連れてった魔獣をぶっ倒してやりたい」
「無理だな」
「このっ!」
殴りかかってきた少年の右手をパシッと掴んでやる。父親のことで本気で殴りかかってきたのは誰が見ても解るが、力は弱く、あまりにもか細い。このまま風太が握り込めばその柔らかい皮膚、そしてその先の骨もろとも握り潰してしまうだろう。
もちろん、そんなことはしない。けど、これがもし魔獣だったら?言うまでもない。少年の骨が砕ける音と共に断末魔が響き、細くか細いその命の線を千切り裂いてしまうだろう。
「虎太郎。テメーじゃオヤジのことは助けることが出来ても魔獣には敵わねえよ」
「どういうことだよ!お父さんを助けることが出来るのに、なんで魔獣には勝てないんだよ!おれは魔獣をぶっ潰してお父さんを助けるんだ!だって、お父さんは魔獣に攫われたんだから!」
「オレに敵わねえからだよ。オヤジを連れてったってことはその魔獣はオレよりも強いんだろ?それかなんだよ、お前のオヤジはオレよりも弱いってのか?」
「っ!そんなことあるもんかよ!おれのオヤジはお前なんかより強いぞっ!体育の松本先生よりも、オニババ先生よりも!エレクトロレッドよりも、つ、強いんだ!」
少年の親を思う気持ちを踏みにじらぬよう、親を立てたうえで納得させる。気持ちに固執してしまえば、きっとその先は出口のない行き止まりだ。考えが及ばないまま気持ちだけが先行してしまえば、きっとこの少年は父親の後を追う。いるかも分からない魔獣の姿を追って、行方不明となってしまうだろう。
子供に道理を説く機会など一生無いと思っていたが、言葉は思いのほかスラスラと出てきた。それはきっと少年の想いの先が、かつて自分と重なるからかもしれない。理屈は分からなかったがそう感じたのだ。
「そんな強いオヤジさんが負けたヤツ相手にお前が勝てんのか?」
きっと、もう理解しているのだろう。帰ってこない理由が分からないとしても、自分一人の力ではどうすることも出来ないことも。だから、出来もしないことを口にして虚勢を張り続けているのだ。自分の弱い心を抑えつけ掻き消すように、強く、大きく、声を上げて。
「真っ当さ。別に何もおかしい事じゃねえ」
「え?」
「男ってのはシンプルに生きなくちゃな。ぐだぐだ難癖付けて弱いの強いのとカッコ悪いったらねえよな?お前もそう思わねえか、虎太郎」
「……うん」
いつからだろうか。相手を視て、落とし込んで、自分なりに答えを出して、その先の穴を埋めていくようなちまちまとした考え方になったのは。人生は足し算と引き算の繰り返し。善と悪の裏表。気持ちが昂ることはあっても打算的になり過ぎた。
別にそれは間違っちゃいねえが、そのきれいに並び立った合理的な形をつまらないと感じるようになったのは、大人になっちまったからなんだろうな。
「お前にはまだその力はない。だが、いつかお前のオヤジのそのデカい背中に追いつき、追い越す時が来る。虎太郎。お前は弱い。だが、オヤジを助けてやりたいっていう思い、生き様は悪くねえよ」
そのまっすぐな瞳に、風太は無意識にかつての自分を重ねたのかもしれない。どこの誰かも知らない少年だが、意味の無い死なんて遂げてほしいわけがない。
ずっとこの場所に留まり守ってやるなんてことは出来ないが、せめて正しい道を、生き方を間違えてほしくなくて、その後も少年のために時間を割き諭すのだった。
「じゃあな、オレは行く」
「うん、おれ、頑張るよ。お母さんのこと守れるよう。それに、いつかお父さんも絶対に助けに行く」
風太は何も言わず背中越しに手を振り、今度こそ去ることに決めた。
べつに正しい道を、意味のある道を選び続ける必要なんかない。あの虎太郎がこれから何を考えて、何を成すのか、そんなことにオレは興味なんて欠片ほども無い。オレははみ出しモン。困っているヤツを見捨てることの出来ない正義のヒーローなんかじゃないんだから。
ただ、路肩でビクビクと震えている子犬がいたから気になった。それだけなのだ。




