狼と子犬
気配を探る。なんて器用な真似は出来ないので、その足でとりあえず気になる場所をいろいろと探ってみる。街の路地裏、使われなくなった廃家、場末のゲームセンター。
そうやって一通り気になる所を調べているうちに思ったのだが、魔獣は別に心霊の類ではない。廃屋やら墓地に現れることが多い、というわけでもないことに今更になって気がついたのだ。
それに不穏な空気が感じられるからといって、この地区が日常から切り離されているのかと言われれば、決してそういう事でもない。先ほどのスーツを着た男も、特におかしなところは見受けられなかった。それどころか、この町で住んでいると思われるあの男は、魔獣の姿を見たことが一度しかない(その一度もここから遠くの山という話)と言った。
気配はするのにそこに居ない。まるで雲を手で掴もうとしているような、そんな空虚さ。思い出したいものは分かっているのに名前が出てこないような、違和感だけが頭の中に残るような、そんな気持ちの悪い感覚。
とはいえ、アイツらを待たせてしまっている。この街にいつまでも滞在ってわけにもいかない。
(オレの勘違いであればいいんだがな、ん?)
三十メートルほど先、電柱の後ろで不自然な影が動いたのを風太は見逃さなかった。
何気なしに辺りを見回してみる。ここは中心地からも大きくズレていることもあり、オレ以外の人間は見受けられなかった。つまり、あの影に隠れた何者かはオレを認識して、オレの視界から消えるために、あの電柱に隠れたということになる。
下らない。そう思った。
人間だろうが魔獣だろうが、隠れるということは相手を自分と同格、もしくは格上としてみている可能性が高いということだ。
「ん?」
視線を外したその瞬間だった。電柱から飛びだした黒い影はそのまま止まることなく、風太の方へと一直線に向かってきたのだ。奇襲をかけるにしても、もう少し距離が近づいてから。と思っていたので、突然のことに面食らうものの、拳に力を籠め迎え撃つ準備をする、が。
「いやぁあぁぁっ!」
甲高い叫び声が響いた瞬間、風太は目を丸くする。飛びかかってきたのは予想外にも小さな子供だった。
(は?ガキ?)
手には何も無い。その表情は怒っているような悲しんでいるような、一見ではよく分からない表情だった。少なくとも、相手を騙して喰らおうとする殺意のようなものは感じられない。
もしかして何かに追われて、ここまで逃げてきたっていう事なのだろうか。風太はそう判断すると、込めていた力を抜き様子を伺うことにした。
「ぐふッ!?」
気を抜いたと思っていたところに一撃。下半身を襲う衝撃。視線を下に向けると、少年の拳が股間にめり込んでいた。
「ぐが、て、てめぇ……ッ!」
少年を振り払う。人間に擬態した魔獣という線は一応疑ってはみたものの、そんな高度な能力を持っている魔獣がこんな人気の無いところにいる道理もない。と高をくくっていたところにこの一撃。なんてことない、子供の悪戯。無邪気な悪意。悪戯にしては少々たちが悪いがそれだけのことだ。
「おい、お前!魔獣だろッ!?」
「はぁ?」
開口一番、とんでもないことを口にする少年に、風太は思わず呆れと困惑の入り混じった顔を隠しきれなかった。ここ数年いろいろなことがあったが、こういったケースは初めてである。
なぜ急に襲ってきたのか、そのことについて謝罪させるついでに、何があってこんなことをしたのか問い詰めてやることに決めたオレは、ガキをベンチに座らせることにした。
「んで何だ?要するにお前のオヤジ帰ってこねーってことかよ」
「オヤジじゃない!お父さんだ!バカ野郎!」
「どっちでも同じだろーが、クソガキ」
顔をよく視れば小憎たらしさが溢れている。それに口の悪さも相まって、子供の時の自分を見ている様で無性に気分が悪かった。
金的に関してはまあいい。オレだったからいいものの、相手が相手なら冗談では済まない話だがな。




