異様さを孕む街
風太自身まだ満足な成果とはいえなかったが、修行などやろうと思えばいくらだってできてしまう。終わりのない修行に一度切りをつけて、人が歩く住宅街までやってきたのだが――
(おかしいな。臭う。なんだ、この違和感は)
とはいっても実際に何らかの臭いがするわけではない。この場合、気配を感じ取るといったほうが正しいだろうか。この街全体を覆うように異様な雰囲気が立ち込めているのだ。
(なんだこりゃ、気分の良いモンじゃねえな)
この歩道は以前にも通ったことがある道だったが、少なくともここまでの圧を感じることは無かった。とは言っても人が全く見られないというわけではない。向かいの歩道には親子連れが、目の前には外回り中なのだろうか、五十近いスーツ姿の男性が歩いている。
街中ということを考えると、この時間帯にしては明らかに人通りが少なかったが、魔獣が現れたというわけではなさそうだ。
(気だるげだが、何事の無いような平然とした顔をしてやがる。こいつらは何にも感じるもんが無えってことかよ)
「おい、アンタ。ちょっといいか?」
「ん、ああ。どうしたんだい。ワタシもこれから用事があってね。手短に済む話ならいいんだが」
「ああ、時間は取らせない。訊きたいことは一つだけ、最近魔獣を見かけなかったか?」
「魔獣?魔獣ってあの魔獣か?黒いバケモノの」
「ああ」
「映画の話だったりする?」
「違う、リアルだ」
「いやいや、見てないよ。そんなものニュースや創作の中では見たことはあるけど、街中には現れないだろ?」
街中には現れない。それが基本。魔獣の習性。けど、地方では魔獣の被害に遭って街一つが無くなった、なんて話もある。
被害の規模は大小あれど魔獣に全く遭遇しない人生など、風太にとっては信じられないような話だった。
「そういうもんか。全く見たこと無いのか?」
「いや、ワタシも昔一度見たことはあるけど、それも遠巻きにだ。あれはたしかワタシがまだ二十代のころだったかな。友だちと少し遠くの山にキャンプに行った時だよ。あの時は腰が抜けそうっていうか、実際に尻もちをついてしまったけど、そのまま行ってしまってね。幸いそれだけで済んだんだよ。ああ、不幸なことといえば導ってのもニュースで見たことはあるけど、最近は平和そのものさ。これって魔獣狩りって人たちのお陰なんだろ?」
「わかった。オレは地方から来た旅人でな。ここらの情勢に疎かったんで助かった」
「へえ、このご時世に命知らずな若者もいたもんだ。いやはや、これも若さが為せる業ってやつかな。あ、もしかしてあなたも巷で噂の能力者、だったりするのかい?」
「いや、そんな大層なもんじゃねえよ。何にせよこの街は安全ってわけか。訊きたいことはこれだけだ。ありがとな」
中年の男は「じゃあ」と手を振り、朗らかな笑顔を返しながら去って行った。
先ほどの男の話によればこの街に魔獣はいない。が、この異様な閉塞感。能力者か?能力者だとしたら悪玉、堕愚者ってこともありうるのか。たしか星一朗ってヤツを殺った男もそうだったな。
既に平塚の近くまでは来ているがあえて場所は告げず、オレはスマホを開き千寿流とフェルメールを含めたグループに「悪い、もう少しかかる。また連絡する」とだけ打つと、そのまま仕舞わずにニュースサイトを開く。
サイト内の情報を流し見しながら、オレは頭の中で先ほどの男の言葉を反芻していた。確かに、あの男はこの街に魔獣はいないと言っていた。しかし、オレの感覚がそれを否定している。異様な閉塞感、圧迫されるような空気の重さ――何かが起きていることは間違いない。はずなのだが、どれだけ探してみても、気になるような物は結局見つからなかった。
だとしたら随分と巧妙だな。魔獣にしろ堕愚者にしろ厄介なもんに変わりはねえ。職業柄見て見ぬ振り、ってわけにもいかねえのが難儀だぜ。




