禁忌3
「中は思ったより……涼しくないな。それに湿気臭い。随分と長い事使われてないみたいだな」
とメルルが鼻をひくつかせながら言った。妙な閉塞感といい、確かに長居したくなるような場所ではない。
あたしも周りを見渡す。金属の壁にはところどころ薄く錆がこびり付いているが、別段荒らされたような痕跡はない。長い年月、誰にも触れられることなく放置されていたのだろうか。その雰囲気と相まって、まるでこの場所だけ時間に取り残されてしまっているように感じられた。
あたしは軽くその壁をなぞってみると、埃が指先を黒く染めた。それと同時に冷たく、湿り気を含んだ金属が指先に伝わってくる。改めて長年使われていないことが実感できた。ならば、この先もう使われることは無いのだろうか。
「まあ、分かっていたことだけど、研究はおろか出入りしてる痕跡もないっぽいな。どうするよ、初」
「どうもこうもない。今のあたしの目的はこれだけよ」
そう言ってあたしは模擬刀を両手で握り一閃に構える。
肩に視えない重圧が圧し掛かる。風は地上から流れ込んできているというのに、さっきから息苦しくて敵わない。この場所にはいろいろな人間の未練、残穢のようなものが渦巻いている。この場所に足を一歩踏み入れた時から感じるこの淀み。空気が重く感じたのはきっとそのせいでもあるのだろう。もし地獄と云うものが本当にあるのならこんな感じなのだろうか。
じゃあ迷いはない。あたしの風で滞った未練もろともこの地獄を吹き飛ばしてやる。
「おっと、やるのかい?まだ施設の中全部見れてないけど」
「いいよ、もう。ここはあたしが探していた場所とは違うけれど、おそらく人工異能に関与する人体実験が行われていた場所の一つよ。仮にプロジェクトが凍結されたとしてもこの世に遺しておいて良い場所なんかじゃない」
「人体実験。それはまた穏やかじゃないな。オーケー、アンタの“熱”に巻き込まれたくないんでな。あたしは一足先に地上に戻ることにするよ」
そう軽く笑いながら言うと、メルルは踵を返し元来た通路を戻っていく。
(熱、かぁ。あたしの心の中。氷のように冷静でいたつもりだけれど、あなたには伝わってしまっているのかもしれないね、メルル)
あたしはメルルがいなくなったことを再度確認し、一呼吸を吐く。
刀をもう一度強く握りしめる。手の内が燃える。瞬間瞬間で温度が上がっていく気がした。もしこれを熱と呼べるのなら。なるほど、確かにあたしの“熱”は今最高潮にあると云えるかもしれない。
「吹き飛べ____始まりの刃」
振りかぶり放たれた剣圧は風に乗り台風となる。可視化できる程の密度を持った斬撃は、巻き込むものを全て塵芥と化し、文字通り全てを吹き飛ばしていく。
抉れ、削れ飛ぶ名前も解らない機器、どこに繋がっているかも分からないコードの数々、人一人が入れる程度スペースが開いたカプセルの様なもの、その全てが轟音と共に吹き飛んでいく。
そこにはこれまでこの場所でその半生を投げうって、積み重ねてきた歴史があるのだろう。時間と努力を汗と血に変え、何かを求めて一心不乱に走り続けたのだろう。
けれど、それは負の歴史。積み上げたのは人の身でありながら禁忌を犯し、神をも冒涜した、黒く悍ましい人間の皮を被った悪魔だ。だから、そこに倫理などは無い。あるのは探求心と云う名の甘美なる麻酔に侵された亡者の成れの果て。その名残。
この地区一帯は進入禁止もそうだが、地図からも抹消されている秘匿地域。そんな場所に足を踏み入れること自体が正しい事か、と問われればそれはきっと間違いなのだろう。
昔流し見をした法律によれば情状酌量の余地は無し、問答無用で裁かれるらしい。でもこれが間違いなのか、どうなのか。そんなことには興味は無かった。
もう悲しいことが起きないよう。
誰かの生命が浪費されないよう。
心の底から笑えるよう。
「あたしはっ、全部ぶっ壊すんだッ!!」
始まりの風『Virgin doll』(ヴァージンドール)と始まりの刃。
ややこしいですが、前者が異能名、後者が技名です。




