初と小さな犬2
「ん。なにこれ、酷いわね。魔獣でも現れたのかしら?」
真っ赤に彩られた一面の赤。ちりりと燃える火の粉が行き場を求めて舞い上がる。
「あなたたち!危険だから下がってください!」
既に消火活動に当たっていた消防隊員に止められる。複数人による懸命な消火活動が行われてはいるが、火の勢いは思ったよりも強く、まだまだ鎮火には時間がかかりそうだ。
ひとまず二人は消防隊員に従って一時的に退避しつつ、事態の成り行きを見守ることにした。時刻も既に午前四時を回っている。二人はそろそろ休みを取りたいと思っていたのだが、目を焦がすような鮮やかすぎる赤に意識を叩き起こされ、すっかり眼が冴えてしまっていたのだ。
「くぅうぅ~~ん」
火の海に向かって犬っころが悲しそうな声で吠える。この先に何かがあるのだろうか。もしかしたら、焼け落ちた食材に火が引火して、丁度良い具合に焼き上がったりしているのか。
けれど、鼻を凝らしてもそんな良い匂いは一向にしない。あるのは脳を刺激するような不快な臭いだけだ。あたしは馬鹿な考えを引っ込めることにした。
「犬っころ、ここに何か探し物でもあるの?」
屈みこみ顔を見つめながらそう言った。あたしは犬に興味なんかなかったし、表情や声のトーンで会話できるみたいな稀有な能力があるわけでもない。だから、この行為に意味なんかあるとは思わなかったけれど、その悲しげな瞳と小さく漏れる鳴き声に何か訴えかけるものがあったのだろう。
「くぅうぅ~~~ん」
表情は変わらない。理解できたのはその悲し気な眼差しの先に何かあるのだろうか、ということだけだ。いや、もしかしたら踊り狂う深紅の炎に心を奪われて、ただ茫然と眺めているだけなのだろうか。
だとしたらこのまま放置してしまっては危険だ。万が一にでもそのまま消防隊の脇をすり抜けて、炎の中に飛び込まれでもしたら、助けることなんて出来ないのだから。
「ねえ、メルル。犬って赤いものを視るとじーっと眺める癖とかあるの?」
「いや、知らないよ」
一蹴されてしまった。そりゃそうだ。あたしもメルルも犬を飼ったことなんて無いのだから。
「放置、は出来ないよねえ。初、このままここにいてもしょうがない。今日のところは他を当たろう」
「で、でも」
「ああ、うん。その犬、動く気なしって感じだよな。オーケー、ここはあたしが担いでいくよ」
そう言いながら、メルルは嫌だ嫌だと首を横に振る子犬を抱きかかえるように持ち上げる。その声に身を引き裂かれるような悲痛さを感じて、あたしは心の奥がずきりと少し傷むのを感じた。
翌朝。あたしたちは再度同じ住宅街に足を運んでいた。
「おお、見事に鎮火したね」
火事は市外の住宅街まるまるを対象に起こっていた。この辺りは治安も良く、昼夜問わず静かなところだったようだが、朝早いというのに野次馬が集まっており、ここら一帯がざわついている。人がいなくなってしまったというのに、逆に騒がしくなるというのが何とも皮肉めいていた。
現場には火災原因調査のために何人もの消防職員が訪れており、立入禁止テープの向こう側では原因究明のためにあれやこれやと話し合っていた。当たり前ではあるのだが、中に入って調べるということは出来ない。この子犬が昨夜探していた何かを調べてあげようという気ではいたのだが、この様子では無理だろう。
「くぅうぅん」
「ゴメン。あなたの探しもの。できれば探してあげたかったけど無理っぽい。ゴメン」
そう言って頭を撫でてやった。別に可愛がる気なんかこれっぽっちもなかったけれど、その悲しそうな様子にいたたまれなくなって。すこしでもその悲しみが和らげばいいと思って。
でも、その方法なんて全く分からない。だから、撫でることにした。




