初と小さな犬
これ以上動けないだろうと、少女が視線を外す。
男の身体、右腕からその先が斬り飛ばされて血がドクドクと流れ続けていた。左手で抑えてみるものの、一向に血が止まることは無い。服を千切り、急ごしらえの応急処置をするが、このまま放っておけば出血多量で気を失うのも時間の問題だろう。
「て、てめぇ。何しやがったっ」
「そんなのあなたが一番理解してるでしょ。攻撃を避けきれなかった。それだけよ」
「ンなこと訊いてねえッ!どういったカラクリだぁ!?」
「大声、出さないほうが良いわよ。マジで死んじゃうから」
少女は勝負はついたと言わんばかりに踵を返し去っていく。どうやら腕を斬り裂いたその力の正体も明かす気も無ければ、トドメを刺すことにも興味は無い様だ。無法者のトレジャーハンター、無敵の肉体、無動大毅は名前も解らない少女に敗北したのだ。
「あれ、メルル、そっちはもう終わったの?」
「ん、ああ、まあね」
汗一つ掻いていないメルルの周りには十を超える人間が地に伏せっていた。あたしがやっとの思いであの大男を倒したというのに、メルルは一人でこれだけの人数を相手にしてたというのか。しかも見たところ全部致命傷を避けている。相棒ながらに恐れ入る。
「でも結構時間かかったね。アンタならもっとサクッと決めてくれると思ってたのにな」
「しょうがないでしょ。相手は能力者だったんだから」
「ば、馬鹿な。お前みたいなガキに無動さんがやられるわけがっ」
「別に信じてもらえなくてもいいけどね。あの男が野垂れ死のうとあたしの知ったことじゃないし。ま、あたしに楯突いたのが運のお月様ってやつね」
周りに倒れていた連中は蜘蛛の子を散らすように、痛む身体を抱えながらも慌ててその場から逃走していく。おそらく、あの大男のところに向かったのだろう。
「初、なんかアンタ悪役みたいだぞ。あと運のお月様じゃなくて運のツキじゃないか?」
「う、うるさい。知ってるわよ、そんなこと。ん?」
視界の隅、黒い影が動いた。
「ちょ、まだいるの?さっさとどこかに行きなさいよっ」
しかし、一向に動こうとしない。メルルの一撃がクリーンヒットに入ってしまって動けないような容体なのか。
「メルル」
メルルは手に持っていたナイフを仕舞いながら、蠢く影に向かってゆっくりと近づく。
「くぅうぅ~~ん」
蠢く影の正体。それは大男の手下でもなければ、人間でもない。子犬だった。
「犬だ。けっこう小さい」
「へ?」
よく視ると首輪をつけていた。ということはどこかの飼い犬か。しかし、この辺りに民家はない。廃村はあるが人は住んでいない。となると考えられる可能性は一つしかない。
「アイツらの飼い犬ってことかな?」
「え、意味わかんないんだけど。子犬連れっていやいや、あり得ないと思うけど」
メルルも「だよなぁ」と言いながら首を傾げてしまう。とは言ってもわざわざ抱えて届けてやる気にもなれなかった。ここにこのまま放置してしまうのは不本意ではあるが、また諍いが起きても面倒だ。仕方がない事ではある。
「くぅうぅ~~~ん」
「ちょ、離れなさいよっ。め、メルルっ!なんかこの犬寄ってくるんだけどっ!」
困り顔の初がメルルに助けを求める。普段は常に相手を下に見る初でも、愛らしい小動物に対してはどうしても強く出ることが出来なかった。
「う~ん、懐かれてるってことかな。どうする、こういう時の正しい判断ってのは良く分からないけど、とりあえず警察にでも連れて行ってやるか?」
「はぁ!?なんであたしがっ!」
「じゃあ、置いてくか?ここら辺、魔獣は出なかったから、そういう意味では安心かもしれないけど」
「いや、それは……」
メルルはこういう時に初が非情に成り切れない性格なのを良く理解していた。昔の尖っていたころなら捨て犬など足蹴にして見向きもしなかっただろう。
もちろんしかった。けどそれで素直に聞く彼女ではない。それを考えるとここ一年で大分丸くなったものだ。だから、その頭を撫でてやる。
「よし、良い子だ。大丈夫、警察だって悪いようにはしない筈さ。どこにも逃げやしない。あの村のことは一息ついてからでいいじゃないか」
ぴょこんと立った狐耳がむず痒そうにプルプルと揺れる。付き合いが長いから分かる。嬉しいのだ。
「……し、しょうがないわね」
そう言って初は頬を少し赤らめる。そのどこか悲しそうな表情を昔の自分と重ねたのか。暗がりということもあり、二人がその首輪につけられている鍵には気づくことは無かった。




