ざわつく森にて6
(くそったれぇっ!何故当たらない。あれから十発は打ち込んでいる。力を抑えて機動性重視にも型を変えたッ!偏差撃ちも、緩急もつけた!けどまるで当たりやしない!全部が予定調和のように躱されやがる!これが余裕の表れ、このガキの異能ってわけなのかッ!?)
男の心の中は苛立ちで満たされていた。彼が打ち込んだ一撃一撃が、まるで見透かされたかのように躱されていく。衝撃に耐えきれず、巨木が圧し折れ重なり崩れ落ちる。
近隣の住民が見たのならば、何か大規模な工事でも行われるのかと勘違いされてしまうかもしれない。いや、嵐が吹き荒れた跡といったほうが的確だろうか。
(何故当たらない。当たれば終わり、一撃だ!いや考える必要なんかない!俺様は最強なんだ!俺様の攻撃を躱せるほどの異能だとしても、攻撃し続ければいつかは仕留められるッ!信じろ、俺様の力をッ!)
別にあたしは特別な事なんかしちゃいない。アイツは自分のことを冷静、なんて思っているかもしれないけれど、頭の中は怒りでいっぱい。そんなこと誰が見たって解る。
アイツの攻撃は馬鹿正直な突進のみ。魔装の類はおろか、武器の一つも持ち合わせていない。おそらく自身の異能、そして肉体に絶対の自信を持っているからだろう。
ともすれば自らの拳でケリを付けなければ矜持が許さない。それは激情すればする程にドツボに嵌る悪循環の螺旋階段。
(息遣いは荒いけれどそれは興奮しているからのものだ。疲弊した様子が見られない。ったく、話の通じなさといい、魔獣みたいな男ね)
そして、この暗闇。たしかに地の利はあちらが何枚も上手だろうけれど、暗闇に関しては平等だ。アイツの攻撃範囲、腕を広げての突進。パンプアップされたときは正直驚いたが、人間である以上、腕の可動域や長さにはどう頑張ったって限りがある。
(畜生ッ!畜生ッ!畜生ッ!畜生ッ!畜生ッ!当たらねえぇえぇッ!!)
大男の身長は二メートルを優に超えている。対してあたしの身長は百三十センチ程度。そこまでの差があれば攻撃に合わせて、相手と同じ方向に身を屈めて転がり込んでやれば、タイミングをずらして避けることは難しくないのだ。
お互いがお互いの方向へと同時に向かう。そしてこの驚異的な速度、相手からしたらあたしが一瞬で消えたように映っていることだろう。障害物もない昼間であれば、こんな穴だらけな方法で誤魔化し続けることは出来ないが、幸い場所も時刻もあたしに味方をしてくれている。
「っ!?」
あれだけ馬鹿正直に突っ込んできていた男が、蛇口の栓を止めるように途端に攻撃を止める。距離は離れている。恐らく二十メートル以上。けれど油断はならない。いくら攻撃を見切ったとはいえ、冷静になれば話は変わる。
「っな!?」
男はあたしに背を向けると近場に倒れた大木をおもむろに担ぎ上げる。それを振りかぶり、投げる。弓矢の如く投擲された大木を寸でのところで転がるように避ける。視界の悪さもあってもう少し反応が遅かったら躱しきれなかった。
クソッ、考えてのことかは知らないがこの攻撃のほうがよっぽどいやらしい。あの膂力で投げられる大木は文字通り大砲のようなものだ。投げる手前で方向を変えられる分、神経を集中させる必要がある。
(アイツが疲弊するのを待ちたかったけれど、そう悠長なことも言ってられなくなったってことか。人間相手に撃つのは躊躇われるけど、そんなこと気にしてられないわね)
____ピシピシ
頭が冷え幾分かと冷静になった男が、視界を遮る木の枝を折りながら初の姿を探す。無敵の肉体を前に初の反撃など恐るるに足らないことに改めて気づいた男は、ゆっくりと歩きながら追い詰めることに決めたのだ。
「おい、余裕の無さってのが浮き彫りになってきてるなぁ。隠したって解るんだよ。捕食者の嗅覚ってヤツだァ。微かに聴こえる息遣いから焦りが伝わってくる。どうだ、土下座でもして降参するってんなら命を獲らんでもないぞ?」
その時、男の足元にふわりと一陣の風が吹いた。




