ざわつく森にて5
着地と同時に地面を踏みしめ、筋肉の塊が腕を振りかぶりながら突っ込んでくる。
「青天井筋肉 巨光刃ッ!!」
振りかぶる先は大木を背にした自らの半分の丈もない、小さすぎる障害の姿。たとえ相手が女子供、歩く事のままならない老体であろうとも、彼の辞書に“敵への情け”という言葉は存在しなかった。
能力者に対して情けは無用。現代における大原則は男も十分に理解していた。
「ッち!躱したか。避けられないよう範囲をデカくしたんだがな。次はもう少し盛ってみるか」
大男が初を刈り取ったはずの一撃は、その後ろに聳え立ついくつもの巨木を抉り取っていた。比類なき力で抉られたその太い幹が、根元から圧し折れて地面に崩れ落ちる。大木が倒れ地面に響く重低音は、その一撃の破壊力を如実に物語っている。
興奮冷めやらぬ男は自身の力を確かめるように、右手を何度も握り込み息づく。防御に絶対の自信を持つこの男は、自分の攻撃力にも相当な自信を抱いていた。
男の大袈裟にも思える鼻息は収まらない。今の攻撃、瞬間的に筋肉を増加し瞬発力を高め、右腕の筋繊維をパンプアップさせ攻撃範囲を増加させた一撃だった。故に避けられたことが屈辱だったのだ。
「あははっ!巨“鋼”刃って自分で鋼って言っちゃってるじゃない。なにそれウケるんだけど。言うなら巨無敵刃じゃないの?あはは、それじゃあ語呂悪すぎか」
そんな男の思惑など露知らず、初が男の後ろ側で挑発するようにそう言い放った。
「ねえ、その無駄に馬鹿でかい筋肉。それが一発でもあたしに当たればあたしの負け。なんてのは子供のあたしでも解ってるっての。悔しかったらさ、ゴリラみたいに荒い鼻息立ててないで、一発でも当ててみなさいよ」
「ガキ……」
男の表情は夜という暗闇のベールで初にはよく視えない。けれど、怒りのボルテージが上がりつつあるのが、手に取るように解る。
これほど分かり易い手合いもなかなかない。軋む地面、握り込む拳。既に初には相手の癖がどういったものなのか理解できていた。
「巨光刃のコウは光のコウだァッ!!」
訳のわからない訂正と共に、肉の塊が再び突っ込んでくる。
「青天井筋肉ゥ!薙ぎぶっ潰せ大巨光刃ッ!!」
初は一足先に身体を宙に放り投げる。先ほど攻撃範囲を広げると言っていた。そうならば先ほどよりもさらに慎重に、相手の動きに合わせて身体を避けてやる必要がある。
一発でも当たれば文字通り死だ。そんなのもう理解できている。だから、これまでもここからも命がけの綱渡り。落ちた先は死亡不可避の針山地獄。意地でも踏み外すわけにはいかない。
「おおー!どっかんばっこんやってるねえ。お盛んなことで」
メルルは周りに隠れているだろう、大男の取り巻きたちにも聴こえるレベルの声量でそう言った。しかし、以前沈黙を保ったまま、状況はその表情を変えてはくれない。
「けど、本当の本当にいいのかなあ?あれだけ馬鹿でかい音が、何度も何度も繰り返されるっていう事はだよ?これってアレだよね。アンタたちの大将、ウチの子のこと、仕留めきれないでいるってことじゃない?」
それは確信。この大きな音の発生源が、あの二人によって起こされているものならば、それは間違いないのだ。
変わらない沈黙。しかし、メルルには感じられた。音も気配も感じられなかったが確かに動揺していると。根拠も事実も何も無いが、確かに感じ取れた。だから、目を瞑っていたって理解できた。
「残念。あとちょっと右側だったかな?」
メルルの立っている位置。その場所を正確に狙った銀色の投擲。それを半歩引き、身体を傾けただけでいとも容易く避ける。立て続けに打ち込まれる凶器の雨。その全てを目を瞑ったまま、身体を最低限動かすことで鼻歌交じりに避けて見せた。まるであらかじめそこにナイフが飛んでくる事が分かっていたかの如く。
「……っ」
暗がりの向こう、息を飲む音が聴こえた――気がした。




