ざわつく森にて4
「ッち。訂正しておくぞガキ。鋼じゃない、無敵だ。それとよ、何が難しい事じゃないって?」
大木に刺さった腕を引き抜きながら声を掛けられる。頭上からの音に反射的に見上げると、そこには太い枝に筋骨隆々の大男がしゃがみ込んで立っていた。その表情を見て、小馬鹿にされていることを改めて認識する。
この男が強い相手と戦いたいだけの、武人の様な気質なのであれば横槍はご法度。メインディッシュは誰にも邪魔されたくない。なら、明らかに弱そうなあたしから狙うだろうことは予測できたはずだ。
男の声は先ほどのような低く伸し掛かる様な声ではなく、驚くほど軽々しい声色だったが、その裏には確かな威圧感が見え隠れしている。互いの距離は十メートルもない。視線がゆらりと動くのが視えた。恐らくあたしの握っている刀に目を付けたのだろう。
「ほう、日本刀ね。また珍しいもんを持ってるんだな。それ、真剣か?」
「真剣じゃない。模擬刀ってやつよ」
「くふふふ!あははは!模擬刀と来たか!どこまでも笑わせてくれるもんだなガキ。俺様は日本刀みたいな繊細なもんに興味が無い。が、正直名刀と呼ばれる刀の切れ味がどんなものなのか興味はそそられた。しかし、模擬刀とはな。あははははは!」
太い木の枝を叩きながら高笑いをする大男。目の前の少女の武器が模擬刀だったことがそこまでツボに入ったのか、木の枝がミシミシと撓るのにも構わず笑い続ける。
「これがあたしの武器よ。そんなに可笑しい?」
「可笑しいね。だから笑った。そんなことも解らないのか?」
「弱い犬ほどよく吠える。典型的な負け犬ってやつよね。自分の虚勢すら声を荒げないと誤魔化せないのかしら?」
月光がその刀身を滑るように照らす。刃紋はない。喰い潰されたような鈍色。それは研ぎ澄まされた鋼の輝きではなく、光を塗り潰したような黒。彼女の人生を映したかのような、全てを飲み込むような黒。
その闇に何を読み取ったのか、男は笑うことを止め枝から飛び降り、その足音を地面に重々しく響かせるのだった。
(さて、あの大男は初の方に向かったか。あの子は強い。別に心配してるわけでもないが、この暗がりに足元を取られる森の中、相手は能力者と来てる。相手を下に見る悪癖が発動してなきゃいいんだが……)
メルルの予感はズバリ当たっていた。が、助けに行こうにもそうもいかないらしい。
「やれやれ、あんな子供に大の大人が掛かりっきりってのも恥ずかしくないのかい?」
漆黒の闇に向けてそう問いかけた。しかし、幾ら待っても声が返ってくることは無い。静寂だけが支配する中、わずかな葉音さえ耳に届かないほど森は不気味なまでに静まり返っている。しかし、長年の勘が脳に強く訴えかける。確かに暗闇のカーテンの向こう、そこに居るのだ。
こちらが動かなければ、あちらも動かないまま。このまま膠着を続けるつもりか。つまりそれはあの大男が初を無力化して、こちらに向かってくると信じているという事。
まあ、当たり前か。普通、誰が見たってあそこまでの体格差、オッズでいったら十対〇もあり得るレベルの単純明快な図だ。
(けどさ、それって正常な考え方。真っ当な思考。それじゃあ、ダメなんだよな。だってさ、この世界は狂っちまってるんだから)
今は西暦にして二二一六年。異能に目覚めた超能力者が跋扈する世の中。子犬と思ってあやそうと思ったら実はライオンだった、なんてことも起こりえる世の中。
外見だけはそのままで、何百年と時間を生きているヤツだっているかもしれない。自分だけの杓子定規で測ってたら命なんか幾つあっても足りないのだ。
「あの自信満々の軍人さん、助けに行ってやらなくていいのかねえ?後悔ってのは濃霧。いつだってよく視えない対岸の先、その向こう側に立ってるもんだ。アンタら、今動かないと後悔することになるよ?」
とりあえず続けて挑発をしてみた。が、暗闇の向こうには一向に動く気配は感じられない。動揺する素振りもないところから、ある程度の信頼ってヤツは持たれているらしい。
まあそれは想定通り、今日会ったばかりの他人に唆されるようじゃ部下としては三流以下だもんな。けどそれがいつだって正しいとは限らない。
「……」
とは言ってもこの暗闇。膠着状態。あたしの異能とはどうにも相性が悪い。焦りに焦ってさっさと突っ込んできてくれた方があたしとしては助かるんだけど、こう物事ってのは上手くはいかないもんだね。




