あたしらしいあたしで
「なに難しい顔してんのさ。アンタこそ冷静になれ。あたしの考え方は冷たくもなんともない。いたって普通、一般的、常識的で模範的だ。総理大臣だって賛同してくれるぐらいにはな。だってそうだろ?なんで自ら危険を冒してまで名前も顔も知らないヤツを助けに行かなきゃならない?」
あたしの表情から考えを読み取ったのかメルルがそう言った。そんなことは分かっている。彼女の言うことは間違っていない。
けど、自分の気持ちに嘘は吐けない。許せないと思ってしまったのなら、もうそれは許せないことなのだ。正義感とか自己満足とかちゃちな言葉で片付ける気はない。だって、それは魂の問題だから。
「けど、放置すれば犠牲は増え続ける。じゃあ、助けてあげないといけない。誰かが止めなければいけない状況だと思わない?その誰かは力を持つ者。そうあるべき」
「じゃあ却下だな。あんなことが出来るバケモノ相手に、あたしたちがしてやれることなんて一つもないわな。こんな話、メシ時に悪かったな。この話はもう終わりってことでいいか?」
「あたしは無理でも、あなたならっ――!」
「初。今からあたし、酷いこと言うぞ。いいか?」
さっきまでの空気を断ち切る様に真面目な顔をする。その精悍な表情に一瞬ドキリとさせられるが、悟られるのも恰好悪いと思い、努めて平静さを装うことにする。
「何よ」
「言っても怒らないか?」
「内容による」
「たぶん怒るぞ?」
念を押される。何を言われるんだ?ここまで言われたらさすがに気になる。聞かずにはいられない。
「ああー、分かったわよ、何でも言ってみなさいよ!絶対怒らないでいてあげるから!」
コホン、と一呼吸置く。店内は程よい空調が効いているはずなのに、頬に一筋の汗が伝うのが感じられた。分かっている。これはフリなんだろうと。
メルルはお笑い好きだ。だから、こうやって引っ張って溜めに溜めた後どうでもいいようなくだらないことを言って、笑いに繋げようとしているに違いない。そうであるならば、アホくさと一蹴してやればいい。
「初、お前、画面の向こうのヤツら、助けたいなんて一ミリも思ってないだろ?」
違った。
それは確信。深層。真理。その最奥に突き刺さる鋭い針のような言葉。糸を引いて縫い付ける様に何度も何度もチクチクと刺さる言の葉の荊。
『助けてあげないといけない』
いかにも“あの子”の言いそうな言葉だ。あの子はいつだって自分よりも他人の事を常に気にかけていたから。あたしは心のどこかであの子になり替わろうとしていたのか。
それともあの子のいる未来を夢想していたのか。この場にあの子がいない事。あの子と会えない事。その想いが強すぎて、あたしはあたし自身を、どこか遠いところに置いてきてしまっているのかもしれない。
『誰が死んだって構わない』
あたしならこう言うだろう。だってそれが本心だから。どこの誰が幸運を享受したって不運に見舞われたって、あたしには露一粒の関心もない。勝手に生きて、勝手に死ねばいい。それがあたしと云う名の世界の秩序だ。
けど、それだけじゃあまりにも空っぽすぎるから。だから、あの子の想いも紡ぐことにしたんだ。あの子と共に、細くか細いこの途を歩けたのなら、この空虚な人生にも意味を少しは見出せる気がしたから。
そんな想いでこの世界に向き合い続けることが出来たのなら、こんな灰色の景色にもいつかは違った価値観が視えてくるかもしれないから。
「別に誰かが死んで楽しいと思えるような思想は持ってない。助けられるならそれに越したことは無い。それぐらいの気持ちで言っただけよ」
「本当か?あたしは知らないけどさ、きっと優しい子だったんだろ。アンタの在り方を縛るつもりはない。アンタが納得して、あの子の気持ちを汲んだアンタ自身の気持ちってんなら、あたしは何も文句はつけないよ。けどさ、アンタの言葉にはアンタがいない、そんな気がしたんだよ。あたしはそんなアンタに手を貸すなんてごめんだね」
それがメルルの本心。否定されたわけじゃないんだな。なるほど、いつだってあたしのことを考えてくれる。あたしみたいな無能には勿体ないぐらいの出来た相棒だ。
「イラついたのよ。人様の身体で積み木遊びをして享楽に浸ってるクソ野郎に。その横っ腹に一発蹴りをくれてやれるなら面白いと思わない?人助けは、まあついでで良いや」
これはきっと“あたしらしい”、と思う。
「ははっ!明快で良いな!それならあたしも賛成だ!クソ野郎に顔面パンチも目的の一つに加えようか!」




