カンジかランジかシャジか2
「いえいえ、違います。こちらこそすみません、聞き耳を立てていたつもりは無いんですけど、知っている名前が聴こえてきてしまって」
入り方も上手い。明らかな警戒心を解くためにあくまでも偶然だったことを強調し、自然に会話をつなげる。それに自分たちではなく、第三者に対しての話ということも伝えることで相手に安心感を与え、敵意がないことをさりげなく示している。
巧妙に話題をこちらに引き寄せながらも、主導権を握ろうとはしていない。相手がリラックスするための「余地」を残しつつ、自然な形で会話を進めようとしているのが感じられた。
うんうんと分かった体で、何一つ分からないまま一人頷く千寿流。
「ああ、そゆこと。つかランジくん、こんなお姉さんと知り合いとかやっぱカッケーわ」
「で、どうなんです?わたしも最近会えていないので少し心配をしていて、どういう状況か話せる部分があればお訊きしたいのですが」
「どうって、ねえ。あ、そういえばさ、メイちゃん昨日会ったんでしょ?どうだった?」
「会ったっつっても、あーしはコンビニに入ってくランくん見かけただけよ。マジそんだけ」
「友だち、で合ってます?その時、声は掛けようとはしなかったんですか?」
「うん、合ってんよ。……まー、そのつもりはあったけど、なんかちょー暗かったし、クソ絡みされんのも萎えるしシカトしちゃったわ。そのせいでコンビニ入りたかったのに次んとこまで歩かされたし、別に避ける必要なかったかな」
「なるほど」
「やっぱ暗いよね、ランジくん。試験勉強すんなら応援したいけど、なんか勉強してるとこ学校でも見たこと無いんだよなー」
アリシアが聞いた話によると、彼らは今年二十になる大学生の友人三人組であり、ゆったりとキャンパスライフを謳歌している真っ最中なのだとか。しかし、ランジ(本名、東川ランジ)が最近試験勉強の疲れからか、付き合いがすこぶる悪くなった、という話だった。
しかし、大学には来ているのに二人とも彼の勉強している姿を見たことが一度もないというのだ。試験勉強以外に考えられること。ひっそり付き合っていた彼女と別れてしまった。なんてこともあるかもしれない。その他臭わせる部分もないらしく、可能性としては限りなくゼロに近い様だが。
ちなみにランジには兄が一人いるらしい。名前はシンジ。つまり東川シンジということになる。当然といえば当然だが、アリシアという名前でもフェルメールという苗字でもなかったようだ。
「彼らの話をまとめると、暗くなったというよりは“急に性格が変わった”という印象のほうが近いみたいです。そうなると疲れだけの話では収まらないかもしれませんね」
急な性格の変化にはうつ病など病気が関与していることも多い。単に落ち込んでいるだけ、というのであれば杞憂で済む。
ただ、周りが気づいてあげられることに越したことは無いため、そう言った可能性も示唆しつつ気遣ってあげてほしいとアドバイスをし、何かあれば相談ぐらいは乗るとのことで、彼らの連絡先を交換してきたようだ。
「少し心配ではありますね。大学生活と云うのは自由を謳歌できる反面、いろいろと考えさせられる時期って聞きますし。まあ、何も無ければいいんですが」
当初のランジがアリシア(偽名)の弟という話はうやむやになってしまったが、そちらが進展したのなら自ずと関係性は分かるだろう。そもそも分かった所で連絡先が無いのだから、知らせることが出来ない。
唯一連絡先を知っているであろう夜深とは一向に連絡は繋がらないし、ある時を境にLILLEのメッセージに関しても未読のままだった。
もしかしたらクラマの時と同様、スマホが壊れたor紛失してしまったのかもしれない。夜深の身に何かあったのかと案じる気持ちもあり、千寿流は三十を超えるメッセージを送ってみているが、その一つとて既読になることは無かった。
(夜深ちゃん。どうしたんだろ。あたし、心配だよ……)




