アリシアとリリアン5
それからもたびたびリリアの帰りが遅くなる日が続きました。
その後は帰りが遅くなる時はちゃんと連絡してくれるようになったし、母もわたしも過度に心配するのは止めるようになりました。心に出来たゆとりを感じられるようになると、わたしも心配していたんだなと思うことが出来ました。
その日は雨でした。雨と云っても雷雨が鳴る様な激しい雨ではなく、冬に降る小雨です。路面が凍っていないかは心配だったけれど、朝の天気予報では夕方、夜にかけて八十パーセントの降水確率ということで、折り畳み傘を持っていっていました。
わたしも期末テストが近かったので、学校に残った友だちと勉強をしていて、帰りが遅くなっていたのです。
(あれ、リリアからメッセージが入ってる。今日は遅くなるみたい。まあ、わたしも勉強で遅くなるし、帰りの道でばったり一緒になったりするかもしれないかな)
そんな偶然を期待しつつ、再び文字の海に潜ることに決めました。勉強を頑張れば、そんな偶然と云う名の幸運に恵まれるかもしれないと思ったんです。
「あれ、アリシィ嬉しそうじゃん。ナンバーズセブンでも当たった?当たったんなら特盛パフェ奢ってよね」
「え、マジでマジで!?じゃあ、あたしも特盛パフェ!ちょーでかいヤツ!」
「宝くじなんて買ったことないって!っていうか、パフェでいいの?ナンバーズセブンだよ?」
「だって五等とかでも当たりじゃん」
「ちょ、五等ってパフェすら買えないんじゃなかった!?」
「あはははははっ」
「妹からメッセージを貰ったから嬉しいんだ」何て言えるわけもなく、その場は適当にはぐらかしました。
「あれ、お母さん、リリアまだ帰っていないの?」
「うん、ちょっと心配だね。もう八時になるし。」
あれからメッセージは届いていません。わたしは少し心配する半面、そういうこともあるよな。そう思いました。
ふと視界の隅にあるものが映りました。それは帽子。リリアがいつも被っている帽子が壁に掛けられていました。
(リリアがお気に入りの帽子を忘れるなんて、珍しいこともあるもんだなあ。へへ、リリアに似合うならわたしにも似合うかも?)
リリアは熱中すると周りが視えなくなるところがあったから。今日の行事のことでいっぱいになって、そんなことさえも疎かになっているのかもしれない。
わたしはたぶん、何も考えていなかったんだと思います。魔獣に襲われる。なんて夢にも思わず、ニュースで報道される被害者たちはどこか遠い国の知らない街の出来事のように、自分たちには一生縁がない事なんだと思っていましたから。
時刻は九時。すでに父も帰ってきて、リリアの帰りを待つだけです。
夕食は一家団欒と決めていたので、父も母もわたしも、腹を空かせながらリリアの帰りを待つしかありませんでした。
そんなとき。
____リリリリリ
電話が鳴りました。
すぐさま受話器を取る母。表情が一瞬こわばった様な気がしました。そのどこか非日常な緊張感に最悪のケースを想定させられます。自分の心音が少しずつ脈打ち騒ぎたつのを感じました。
暫く何やら話し込み、ふぅとため息を吐いて受話器を置く母。
「お母さん?」
「ううん。リリアからね。夜遅くなっちゃったから迎えに来てほしいって」
安堵の顔にわたしも胸を撫で下ろす。リリアもまだ小学生。こんな遅い夜道を歩くのは怖いのだろう。
「アリシア、ちょっと行ってくるね。お留守番お願い。ね、パパも」
「わかった」
父と母。二人はリリアを迎えに行くために出ていきました。
「たった一人の妹です。わたしがもしリリアの行方が分からなくなったと知れば、真っ先に飛び出してしまうと思ったのでしょう」
千寿流はその先を察してか、ごくりと固唾を呑む。
「……父と母はそれきり帰ってきませんでした」
「そ、そんな」
千寿流の顔面が蒼白に染まる。薄々は感じていた、最悪の結末。けれど、それはあまりにも唐突で、あまりのも残酷。妹だけではなく、父と母も同時に失くしてしまったという事実を信じられないという表情だった。
「それきり。それきりです。遺体も何も見つからない。どこかで生きているかもわからない」
仮に生きていたとしてもわたしは喜べないんです。喜べないどころかそうであってほしくさえ、ない。
だって、それはわたしを捨てたということと同義だから。そんなの信じたいわけじゃないですか。




