呪い
「よぉし! そうときまったら おちこんだ ちずるの キブンテンカン をしよう!」
ガバっと立ち上がり、両手でガッツポーズを取りながらシャルがそう言い放つ。
「え、気分転換って例えば何?」
ぽかんと目を丸くする千寿流。シャルの提案はいつも脈絡もなく唐突だった。
千寿流はひそかにシャルちゃん流と名付けていたが、流派でも何でもなくただ単に突発思考なだけである。
「キブンが かわればいいの! なんでも OKだよ! ちずるは なにがしたい? なにかしたいことある?」
両手をテーブルにつけ、口元にクッキーの食べかすをつけながら千寿流の顔に近づいて言う。
いつもこんな調子で千寿流を振り回すシャルだったが、一緒にいて元気づけられることも多い。特に今日みたいに落ち込んでいる日はとても心強かった。
「えっと、じゃあ、トランプ……ジジ抜きとかは? あれ、二人で出来るのってババ抜きだっけ?」
「トランプないよ?」
「あう、たしかに。じゃあ、クイズとかは? シャルちゃんが出してあたしが答えるの!」
「だめだめ! クイズなんて なーんにも おもしろくないよ! あそびじゃない! ふたりでやってもつまらない!」
とりあえずで案を捻り出して提案してみるも即却下される。
確かに二人でやるクイズでは、ただ知識を披露するだけの場が展開されるだけで遊びにはならない。
気分転換にはなるかな、と考えての提案だったが千寿流の考えは否定される。
「ぅうぅ、これもダメか。じゃあ、しりとりとか。どうかな?」
「それだっ!」
「わ!」
机をバン!と叩いてキラキラという擬音が聴こえてきそうなほど目を光らせるシャル。
提案すること数分。どうやらようやくシャルのお眼鏡に適う遊びが見つかったみたいだった。
――夜深の異能は傷や病を治療することが出来た。
さながら魔法の様に手を翳し力を放出することで、殆どの傷は初めから無かったかのように跡形もなく治すことが出来た。
傷の軽重で治療が不可能な事もある。それに、呪いや原因不明の病には効力を発揮できない場合もあるが、それでも応急の手当て程度の芸当は行えた。
夜深が少年の容態を見たいと申し出たのはこの異能を持っていたからだった。
「僕の力は“傷や病を治せる”。治療法が確立されていない病にはおそらく効かないだろうけど、それでも痛みを和らげることぐらいは出来ると思いますよ」
異能の開示。お願いしますと、祈る様に手を重ねる命の横で、夜深が葵の額に手を翳し瞑想をするかのように眼を閉じる。
夜深の右手が目視できるほどの淡い緑色の光を放ち、少年の額を照らす。
時間にして数秒の出来事、あれほどまでに苦しそうにうなされていた少年の顔は穏やかな表情を見せ、高温に侵されていた頭痛が引いたかのように思われた。
「――――っ!」
奇跡の体現を目の当たりにして驚愕した命は、口元を手で覆いながら感嘆する。
「いや、すみません。僕の力でもこの病を取り除くことは不可能みたいだ」
「いえ、そんなことはっ! だって、葵はこれまでずっと苦しそうにうなされていましたっ! それがっ、こんなにっ!」
「まあ、それは併発していた高熱の方を抑えることが出来たからだと思いますよ」
少年の顔色は目に見えて良くなっていた。今では穏やかな寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。
「僕は医者じゃないんでね、責任なんて持つことは出来ないけど、俗にいう峠は越えたって奴かな。もう少し時間が経てば葵君はきっと目を覚ます。そうしたらまともな会話ぐらいは出来るようになるはずです」
「っ! ありがとうございます! ありがとうございます! 何とお礼を言ったらいいか……」
「いいさ。僕は別段何も難しい事をしたつもりもないですよ。こんなことお医者さんに言ったら顰蹙を買いそうだけどね」
命に向き直った夜深は気さくな笑顔を向ける。
命は目尻に涙を浮かべ、何度も何度も頭を下げた。
「それに、まだ終わっちゃあいない。問題の奇病、トレモロは取り除けていないんだ。いつまた牙を剥くか分からない。だから、まだ絶対安静という事に変わりはないです」
そう言いながら夜深は閉め切られていた窓を開け放つ。室内に澱んでいた死の香りを押し流すように、秋の気配を含んだ爽やかな風が滑り込んでくる。それは肌を撫でる心地よい涼風だったが、同時にこの街全体を覆う『何か』を運んでくるようでもあった。
「この病は空気感染しない。巷での噂を聞く分には媒介感染の疑いもないだろう。飛沫感染や接触感染の可能性はあるかもしれないけど、現状を見るにこの川崎だけで起きている異常現象と見たほうがいいかもしれませんね」
病気である以上、一処でしか蔓延しないというのは不自然極まりない現象だ。
この時代、区画を移動しながら生計を立てている者も少なくない。ともすれば、この川崎だけで起きているという事自体が異常な話なのだ。
「それはつまり……」
「――――呪いだよ」
そう呟いた夜深の口元は、人の不幸を嗜むが如く微笑っていた。




